染谷聡 個展「咀嚼する加飾Ⅱ」

新たな漆表現へのいざない-「行為する加飾」という新解釈-

poster for Satoshi Someya Solo Exhibition “Digesting Decoration II”

染谷聡 「咀嚼する加飾Ⅱ」

京都市左京区エリアにある
イムラアートギャラリーにて
このイベントは終了しました。 - (2014-10-18 - 2014-11-08)

In フォトレポート by Emiko Kawamura 2014-11-04

「漆」といわれてイメージするものとは何でしょうか。お正月に使う朱塗りのお椀や盃、それとも螺鈿(らでん)などで煌びやかに装飾された硯箱や机でしょうか。只今、イムラアートギャラリー京都では、そんな漆工芸への概念に新たな解釈を示そうと試みる若き作家の個展が開催されています。

染谷聡氏は、この春京都市立芸術大学大学院博士後期課程を修了。5年前に当ギャラリーにて初個展を開催以来、グループ展も含めて発表の場を広げてきました。本展は、7月にイムラアートギャラリー東京で展示したものに新作を加えた、イムラアートギャラリー京都では4回目の個展となります。

漆工芸の分野では、轆轤(ろくろ)を使ってお椀やお盆の土台を生成する木地師(きじし)、塗りを専門とする塗師(ぬし)、蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)といったいわゆる「加飾技法」を専門とする蒔絵師などと呼ぶように、作業工程は分業化され、技術は各分野において特化されてきました。

※蒔絵…漆で絵や文様・文字などを描き、それが乾かないうちに金や銀などの金属粉を蒔くことで装飾する技法。
螺鈿…アワビ貝などの貝を文様の形に切り透かしたものを貼ったり埋め込んだりして装飾する技法。

染谷氏は「加飾技法」を専門として制作を続け、これまで動物や人体、または自身が作り出した創造物をモチーフに、従来の漆表現には見られなかった複雑な形態のオブジェ作品を数多くつくり出してきました。現代生活のなかで見慣れた記号や模様によって装飾されたモチーフにはユーモアが溢れ、漆を使ってどこまで表現できるかという作者の気概と遊び心は、観る人びとを楽しませてきました。

しかし、本展ではその様子は一変します。昨年から発表し始めた「咀嚼する加飾」シリーズ。それは染谷氏が向き合い続けた「加飾」によって、漆芸の概念に新たな息吹きが吹き込まれた世界観を提示するものでした。

素材、技術、加飾するという「行為」

会場には、漆で作られた器に大事に添えられた枝や、銀杏や蓮の葉など、普段目にしている自然界のモチーフが並んでいます。

工芸とは、「素材」「技術」そして「行為」の3要素が揃わなければ成立しないと染谷氏はいいます。胎(たい)と呼ばれる漆を施す土台となる素材を生かすのか、それとも技術を見せるのかという極端に偏りがちであった従来の工芸表現のなかで、作者はその間をつなぐべき「行為」の必要性を見出しました。そして染谷氏は、本来「技術」であるはずの加飾に「行為」という役割を与えたのです。

通常、下地を塗って素地を完成させてから従来の加飾作業は始まります。しかし、染谷氏の示す「加飾する行為」とは、素材に何かしらの手を加えた時点で開始され、完成までの工程すべてを「加飾」であると捉えるものでした。

塗りや研ぎなど素地へ施す行為すべてを「加飾」とするならば、素材性を生かした、つまり装飾をあまり要さない作品であったとしても、そこには確かに加飾行為が介入しているといえるのです。

そして、既に手を加える必要のない素材(ありもの)があるならば、素材へ直接加飾を施す必要はなく、素材自体を「飾りしつらえること」こそが、ふさわしい加飾行為であるということにたどり着きます。素地である胎への加飾から、素材の姿を飾りしつらえるための加飾というフレキシブルな移行は、厳格な作業工程を重視する工芸分野において胎と加飾の新たな関係を示すものといえるでしょう。

※胎…漆を施す土台となる素地のこと。
ありもの…何気なく集められた素材のこと。身近にあるもの。

会場には、《むすび/石》という同名のタイトルが付けられた作品がいくつか展示されています。例えば写真の作品は、2つの石を組み合わせ、漆の欠片で石と石を結びつけたもの。漆はあくまで2つの石を支え、しつらえるためのサポート役です。海辺や道端で偶然広い集めた物には、手は加えません。接続面にのみ、作者の遊び心がうかがえる目印となる模様を施しています。作者の日常に溢れるさりげないものたちへの愛情を、それぞれの《むすび》は伝えてくれているようです。

拡張する「加飾」、新たな視点で「漆芸」を捉える

本展の見どころの一つに、7月の東京展から新たに加わった作品があります。ギャラリー内の角を隠すように設置された《かどかくし》。檜の木枠に収められた黒い三角形は艶やかな黒漆で端正に仕上げられています。昔からプリミティブで、神秘性のあるものに惹かれてきたという染谷氏は、角に感じる暗がりに不気味な闇の気配を感じ取り、そこに漆の持つ深淵さや奥行きある性質を重ね合わせました。

《かどかくし》は、角の暗がりを負の要素として封じ込めるためのものではなく、他の枝や石と同様、角を愛でるためのふさわしい飾りをしつらえているのです。また、《かどかくし》で隔てた反対側に広がる部屋全体の空間も胎として捉えることで、部屋さえも包み込む飾りとなり、加飾を施す胎は目に見えるものだけではなく、もはや空気や気配でもなりえることを暗示しています。

本展は、染谷氏が研究し続けてきた「加飾」という専門技術に、素材と技術をつなぐ「行為」という解釈を与えて導き出した「行為する加飾」に対する一つの実践成果であるといえます。そして、全く異なるように見える、従来のオブジェ作品と本シリーズの作品は加飾を施す対象(胎)を変化させながら、「加飾行為」という一つの表現領域のなかで共存し、それぞれの出番を待っているに過ぎないのかもしれません。

「美術作品とも工芸品とも、定義し難い。何かわからないもの。それでも、観る人との距離は近く、素材の質感や日本らしい奥ゆかしさのようなものを感じることができる。自分の作品は、こういう感覚的なものへアプローチできているのではないか」

染谷氏の作品には、明確な機能を備えた「工芸品」としてのいわゆる「用」(用途)はありません。しかし、従来の工芸品や現代アートにおける難解さとも違った、新しい漆作品の鑑賞方法を、解釈を、自身の作品で提案することこそが、染谷氏にとっての「用」と言い換えられるのです。

今後は、このシリーズをさらに発展させたうえで、これまで扱ってきた装飾的な作品も並行して制作していく予定だとか。加飾する行為について絶えず咀嚼し、実験し続ける作者に連れられて、私たちは現代における新たな漆表現が生まれる場に立ち会おうとしています。可能性に満ちたその瞬間を作者とともに体感してみるのも一興です。

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染谷聡 個展「咀嚼する加飾Ⅱ」
会場:イムラアートギャラリー京都
会期:2014年10月18日(土)~11月8日(土)
時間:11:00~19:00(日・月・祝休)
http://www.imuraart.com/

写真撮影:川村笑子

Emiko Kawamura

Emiko Kawamura . 群馬県生まれ。武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。京都の古美術商に勤め、日本近世~近現代におよぶ墨跡・絵画・工芸品等の商いの現場に触れる。それ以後京都を拠点に、洋の東西・古今を問わず美術という複雑怪奇な分野の周辺をねり歩き、観察を続ける。京都市在住。 ≫ 他の記事

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