林勇気展「STAND ON」

現実と映像の交錯する、不確実な迷宮世界/記憶の断片の流れ

poster for Yuki Hayashi “Stand On”

林勇気 「STAND ON」

大阪府(その他)エリアにある
ギャラリーほそかわにて
このイベントは終了しました。 - (2015-11-24 - 2015-12-19)

In トップ記事 レビュー by Megumi Takashima 2015-12-17

大阪市内の2つのアートスペース、ギャラリーほそかわとFLOATにて、映像作家・林勇気の2つの個展が開催された。林は、パソコンのハードディスクに大量にストックした写真画像を、1コマずつ切り貼りして合成することでアニメーションを制作している。林の映像作品は、一見CGで制作されたように見えるが、実際は現実の風景や事物の断片を緻密に組み合わせて構成されている。実写の断片の集合体がフィクションの世界を形づくる。あるいは、フィクションの世界を微分すると、ひとつひとつは現実の断片でできている。そうしたどちらにも定位できないあてどなさや浮遊感は、川面をたゆたう無数の塵のようにも、宇宙を漂う星雲のようにも見える画像の群れによって、より強められる。画像の収集方法は作品毎に異なっており、林自身がデジタルカメラで撮影したもの、一般公募で集められたもの、インターネットの画像検索で集めたものが使用されている。つまり、パソコンやデジカメ、携帯電話のメモリといった個人の所有する記録媒体、あるいは画像共有サイトなどネット上の共有空間に日々膨大な画像が蓄積され、共有され、消費されていくというメディア状況が、まさに可視化されているのだ。

ギャラリーほそかわでの個展「STAND ON」では、モニター内のアニメーション、プロジェクションされた実写映像、3Dプリンターで制作した立体がそれぞれ互いに入れ子状に関係し合い、現実と仮想空間の境目がメビウスの輪のように繋がった空間が出現していた。不安定に吊り下げられたモニターにはアニメーションが流れ、輪郭線だけで描かれた男性が、部屋から出て、街を歩き、トンネルを抜けて林を進み、崖の上に立ち、野原を歩いていく様子が描かれる。場面転換の度にサイコロを転がす男性の姿は、自ら制御できない不確定さに進路をゆだねていることを寓話的に表わす。

一方、壁面に斜めに投影された実写映像では、街路樹、コンクリートの壁、フローリングの床、コップ、草むら、石などをノックする手が映し出されている。現実の確かさや手触りを確かめる、あるいは「ここに自分がいる」と伝えようとするかのように、何度も反復される行為。林によれば、「ノックの回数」は、その場でサイコロを振って出た目の数に従っているという。そしてよく見ると、ノックされている被写体は、仮想世界を構成する素材として、アニメーションの中に取り込まれていることに気づく。

このように、現実と仮想世界の境目が曖昧になった空間で、「不確かさ」の象徴として登場するのが、サイコロだ。サイコロは、物理的に存在する立体物として傍らに置かれているが、よく見ると、一つだけ「目」がない空白の面がある。これは、サイコロを3Dスキャンで読み取り、3Dプリンターで出力してつくった際に、底面だけがデータを読み取れなかったからだ。元のサイコロは、ノックの回数決定の際に実際に使われたものだが、データ化の作業を経由することで、実物の表面だけが写し取られた「複製物」として姿を現わす。「不確かさ」の象徴としてのサイコロ自身も、実物からデータ化の過程を経て再構築されることで、歪みを伴って実体化されている。その歪みやひずみはまた、確かな手触りと不確かさの間で揺れ動く映像の展示自体において、歪みや不安定さとして反復されている。

一方、FLOATで開催された個展では、元倉庫という場所の性格や空間の広さをうまく取り込み、壁面だけでなく床や廊下、さらには開けた窓の奥の空間へと映像が浸透/浸食していくような展示が展開され、映像と現実の物理的空間が、別の形での交錯を見せていた。壁いっぱいに投影されたアニメーションでは、建物、樹木、草花、家電製品、食べ物、車など、切り抜かれた無数の画像が、川面を漂うようにゆっくりと流れていく。床には、一見、雑多に放置されたような本の束や箱、ミラーボールが置かれているが、これらはプロジェクターの光を受けて、街並みやTV搭のシルエットを描き、アニメーションの上に影絵のレイヤーを形づくる。一方でアニメーションの映像は、奥へ伸びる廊下や床にまで映り込み、現実の物理的空間の表面に浸透/浸食していく。だが、廊下の奥で戻ろうとして振り向いた瞬間、目に入るのは、思わず手で覆いたくなるようなプロジェクターの眩しい光だ。映像の非物質性、そして映像とは光を見ていることに他ならないことを改めて意識させる仕掛けである。

また、展示場所のFLOATは、元倉庫のアーティスト・ラン・スペースだが、今年12月末でクローズとなる。そうした場所の性格や、ミラーボールやアンビエントな音楽など空間を感傷的に満たす光や音の作用も影響して、倉庫の内外で撮影したスナップ写真の上に、無数の夥しい画像の切り抜きが漂う映像作品では、匿名的な記憶の集合体、その儚さや喪失感が強く感じられた。

現実と仮想空間とが幾重にも貫入し合って錯綜した迷宮、全てが不確実な世界。一方で、現実の影が映像に干渉し、映像も現実空間へと浸食し、両者の交錯の中、記憶の儚い断片が折り重なって流れていく美しい廃墟。ともに見応えある、好対照な2つの個展だった。

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林勇気展「STAND ON」

期間:2015年11月24日(火)~12月19日(土)

会場:ギャラリーほそかわ
http://www.galleryhosokawa.com/

林勇気展
期間:2015年12月4日(金)~12月5日(土)
会場:FLOAT
http://float.chochopin.net/
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Megumi Takashima

Megumi Takashima . 美術批評。京都大学大学院博士課程。現在、artscapeにて現代美術や舞台芸術に関するレビューを連載中。企画した展覧会に、「Project ‘Mirrors’ 稲垣智子個展:はざまをひらく」(2013年、京都芸術センター)、「egØ-『主体』を問い直す-」展(2014年、punto、京都)。 ≫ 他の記事

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