ビアズリーと日本

日本目線アーカイブズのような展覧会

poster for Aubrey Beardsley and Japan

「ビアズリーと日本」 展

滋賀県エリアにある
滋賀県立近代美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2016-02-06 - 2016-03-27)

In レビュー by Chisai Fujita 2016-03-16

オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley)をご存じだろうか。私は中高生だったころ、岩波文庫の「サロメ」の表紙から、線描とモノトーンで繰り広げられるビアズリーの世界にとりつかれていた。日本で17年ぶりとなる大規模な展覧会は、私のように懐かしいと感じるビアズリーファンだけでなく、初めて見るという若い人、どこかで見たけどよく知らなかったというアート愛好者まで、幅広い層の人たちが訪れている。

ビアズリーは、作品だけ見ていると、国籍や時代、性別といった背景がミステリアスに感じるアーティストのひとりであろう。実際のビアズリーは、1872年にイギリスで生まれ、働きながら美術学校へ通い、雑誌の挿絵など仕事をしていたが、結核のため25歳という若さで亡くなった、という人生を送っている。しかし残された仕事の量や質からは、彼がそんな短命であったと私たちは気付かない。

本展では、展覧会タイトルにある「日本」との関わりはもちろんのこと、ビアズリー作品を世に知らしめた書籍や雑誌を並べ、その原画を展示することで、ビアズリーの仕事を多角的に紹介している。

美術におけるジャンルという分別が見えにくい2016年目線からすれば、ビアズリーの仕事を「イラストレーション」と区切るのはもったいない気がする。イラストレーションが持つ何かテキストの添え物という目的だけではない、むしろビアズリーが表現したものだけで豊かな物語が聞こえるからだ。また、細かな線描を、テクニカルな問題として片付けたくない。紙の上にインストールされた図像と余白のバランスは、二次元ではなく三次元の広がりを感じさせる世界観を生んでいるようにも感じる。

余白の美だけでなく、モチーフ、レイアウト、コントラストなど、ビアズリーは日本美術(ジャポニスム)から多くの影響を受けている。それは19世紀末から20世紀にかけて、ヨーロッパの多くの美術家が抱いたジャポニスムへのあこがれと影響を、ビアズリーも持っていたといえよう。そのような検証は、以下のような展示方法で証明している。

浮世絵が「版画」という複製技術によって西洋へ持ち運ばれて重宝がられたように、「印刷」もまた、本や雑誌をつくり出した複製技術である。そのおかげで、アジアの片隅である日本にさえ本や雑誌は届き、今なおこうして私たちはビアズリーの絵に触れることができる。検索して引っ掛からないと目にすることはできないインターネット社会の現代においても、印刷物は確実に人の手に届く媒体としての力を思い知らされる。この力のおかげで、日本でビアズリーが紹介された大正時代以降、実に多くのクリエイターたちがビアズリーの影響を受けていることを、私たちはこの展覧会で知ることになる。

本展の第二章では、ビアズリーの影響を直接/間接的に受けた20人近くの作品も並んでいた。
例えばこの矢部季。資生堂のデザイナーとして活躍した矢部は、大正期に西洋から同時に入ってきたビアズリーとアール・デコに影響を受けている。そして資生堂がつくる本の挿画や包装紙に取り入れ、デザインやイラストレーションにおいて、時代の最先端をけん引した。

展示室ではこのように、影響があったビアズリー作品(左、《ベン・ジョンソン著『ヴォルポーネあるいは狐』の表紙》が置かれている。つまり、日本に関心があったビアズリー、そんなビアズリーからインスピレーションを受けている矢部、というつながりの環が見える。そのつながりは面白くもあり、研究対象としても興味をそそられるのではないか。

「アーカイブズ」という言葉が流行している昨今、残されたものを取捨選択するそのやり方が課題となるとき、この展覧会でのビアズリーのとらえかたはとてもユニークである。本国イギリスでは意味を持たないかもしれないが、日本の美術/デザインの歴史をたどるときに、この展覧会は重要な見方を示すだろう。そして、ビアズリーが残した作品の意味、ビアズリーが何を見て/考えて作品という形に昇華したのか、という検証にも発展することは、ビアズリーをただ「きれい」とか「個性がある」で済まされるアーティストではない、という意味でもある。特に物故作家において、残された言葉の断片をたどることよりも、残された作品をたどることこそ「アーカイブズ」である。約270点もの作品による本展覧会は、日本オリジナルのビアズリー・アーカイブズを構築しているようにも見えた。そんな状況の中、あなたはどうビアズリーをとらえるだろうか。

【展覧会名】ビアズリーと日本
【会場】滋賀県立近代美術館
【会期】2016(平成28)年2月6日(土)~3月27日(日)
【公式サイト】http://www.shiga-kinbi.jp/?p=18975

Chisai Fujita

Chisai Fujita . 藤田千彩アートライター/アートジャーナリスト。1974年岡山県生まれ。玉川大学文学部芸術学科芸術文化専攻卒業後、某大手通信会社で社内報の編集業務を手掛ける。5年半のOL生活中に、ギャラリーや横浜トリエンナーレでアートボランティアを経験。2002年独立後、フリーランスでアートライター、編集に携わっている。これまで「ぴあ」「週刊SPA!」「美術手帖」など雑誌、「AllAbout」「artscape」などウェブサイトに、展覧会紹介、レビューやインタビューの執筆、書籍編集を行っている。2005年から「PEELER」を運営する(共同編集:野田利也)。鑑賞活動にも力を入れ、定期的にアートに関心の高い一般人と美術館やギャラリーをまわる「アート巡り」を開催している。また現代アートの現状やアートシーンを伝える・鑑賞する授業として、2011年度、2014年度、2015年度愛知県立芸術大学非常勤講師、2012年度京都精華大学非常勤講師、2016年度愛知県立芸術大学非常勤研究員、2014~ 2017年度大阪成蹊大学非常勤講師などを担当している。 写真 (C) Takuya Matsumi ≫ 他の記事

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