美術専門書、写真集、絵画作品集、展覧会図録、ファッション性の高い雑誌……。アートブックとは、「読む」ものではなく「体験する」本。それは私たちにとって、アートの入口の1つ、とも成りうるかもしれません。しかし、アートファン・文化的感度の高い人々の間では一般的な専門書店も、それ以外の方の目に触れる機会は多くないのが現状です。このインタビュー記事では、個性豊かな取り揃えのある書店の方々にお話を伺い、「アートブック」を切り口に、お店の運営のあり方や特徴などを紹介していきます。第3回目は、Calo Bookshop & Cafeの石川あき子さんです。
―アートブックストアを始めた理由を教えて下さい。
今の店を始める前、似たような別の書店で働いていました。仕入れ、経理、イベントの企画、営業、海外での買い付けを経験しました。出版も行っていたので、本の制作に携わることもできました。つくった本を海外のアートブックフェアに持って行くこともありました。本当に色んなことを勉強できたと思っています。お店は閉めることになってしまいましたが、「もっとこうしたらできるんじゃないか」という思いがあり、自分の店を始めました。
―お店で扱われている本の基準はあるのでしょうか。
「誠実」につくられているかどうかを気にしています。
基本的に直取引で本を仕入れているため、つくられたいきさつや、どんな人が手掛けたのかを聞く機会が多くあります。分かれば分かるほど、面白いと感じます。出版の世界では、仕組み上仕方のないことですが、どんどん本を出さなければいけないので、時間をかけずにつくられた本が多く出回っているのが現状です。そのような中でも「必然性」があってつくられた本を置きたいと思っています。
―石川さんにとっての「必然性」とはどのようなことなのでしょうか。
例えば、作家さんのデビューとなる1冊目の写真集には注目しています。作家が溜めている力の量が違うと感じます。版元さんにとっても、初めて出す本で賭けの部分が大きい。アートブックは、紙やインクにこだわるので普通の本よりお金がかかるし、すごく好きじゃないとつくれません。作家・版元さんなど、本に関わる人の思い入れが凝縮していることが多いです。
―仕入れ方法について詳しく教えて下さい。
直取引がほとんどです。昔ほど本が売れなくなったことや、当店のような小さいお店が増えたことから、直取引のしやすい時代になったと思います。その一方で、本の卸屋さんも新しい動きをしているところが増えています。例えば『子どもの文化普及協会』という卸屋さんは、もともと『クレヨンハウス』という出版もしている児童書専門店がつくったものです。小さい雑貨屋さんなど、本屋でないところにも本が置きたいという人向けに、面白い本を扱っています。また『ツバメ出版流通』は、かなりマイナーなアートブックばかり扱っている卸屋さんです。マニアックな本をひとまとめにして送っていただけるので、とても助かっています。直取引も大切にしていますが、新しい卸屋さんがこれから増えていくのかなと期待しているところです。
―石川さんの書店では、カフェに加え、ギャラリースペースとして展示も行われています。展示について詳しく教えて下さい。
1週間~3週間くらい、場合によっては1か月間くらいの展示をなるべく隙間ができないように企画しています。今は(取材日: 2月17日)、「身につけるアート/持ち運ぶアート」をテーマに、長尾圭さん、element(猪原秀彦)さん、尾柳佳枝さんの展示を行っています。
展示詳細→https://www.facebook.com/events/421029051434677/
―石川さんにとって、アートブックとはどういった本なのでしょうか?
まず、写真や絵画など、ビジュアルアートを扱った本であるということ。でも、文字で表現されていたらアートブックではないのかと言われれば、違うと思います。例えば『胞子文学名作選』という本。中身は普通の小説ですが、本の装丁がかなり変わっています。何種類もの紙が使われていたり、小説ごとに文字の組み方を変えていたり。ビジュアルアートを扱っているわけではないけれど「アートブック」ですよね。また、大量に流通しているものでなく、小さい規模でつくられている本であるということ。最近は版元さん自体が小さくなってきています。バブルが終わり、本をたくさん買えなくなった今、ただ豪華な本ではなく、慎ましやかで誠実につくられた本が求められる時代だと思っています。
―「小さな規模でつくられている本」について詳しく教えて下さい。
大きな出版社から出される本はオーソドックスなスタイルです。小さな版元さんは個性が強いので見ていて面白いです。例えば、『疾駆』という雑誌は、毎回紙や製本の仕方が違っていて、これまでにない雑誌の在り方だと感じます。
また、東京のギャラリー「WAKO WORKS OF ART」は、作家のアーティストブックを出版しています。洗練された綺麗さが特徴です。
作家自身が出版を手掛けるパターンもあります。写真を完全に複製して、箱に詰めたものをアートブックとして出版している人もいます。製本をしなくても、家で写真を箱に詰めるだけで簡単に「出版」できるというのは新しい発想ですよね。自分たちのレーベルで出す本は冒険することができます。Caloで出版した本もありますよ。10周年の記念に、作家さんとのコミッションワークでつくりました。簡単にだれでもかわいい本がつくれるということを伝えたくて出版しました。
―お仕事をされていて、一番楽しいことは何ですか?
いろんな人と出会えることです。お客さんはそれぞれの目的で来られます。いつもはご飯を食べに来られる方でも、たまにプレゼントとしてアートブックを買って下さることもあります。アートに興味のある人は限られているので、いろんな人に知ってもらいたいという思いでお店を始めました。実際はなかなか難しいですが、アートのある雰囲気を日常的に楽しんでいただければいいなと思います。
―石川さんは、書店・カフェ・ギャラリーと、3つのお仕事を全てお1人でなされています。大変なことはありますか?
売り上げのことも考えなければならないし、3種類の仕事を1人でまわすのは大変です。また、これから出版業界がどうなっていくのだろうという心配は常にあります。でも、本をつくりたい人はいなくならないと思っています。アーティストが不滅であることと似ているかもしれません。
―最後に、おすすめの本を教えて下さい。
2冊紹介します。
まず1冊目は、赤々舎出版の『自然の鉛筆』という本です。写真術の発明家、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボットが著した『自然の鉛筆』(1844年~1846年)の完全日本語訳版です。漢字のルビや、本の構成、図版の入れ方など、異様なほどのこだわりを感じる本です。
2冊目は、内藤礼さんの『1985-2015 祝福』 という写真集です。本の表紙がハードカバーでなくソフトカバーになっていること。表紙の柔らかい色、紙の繊細さなど、本のデザインが作家のスタイルをそのまま表している点が魅力です。
< Kei あとがき >
時間をかけずにつくられた本が多く出回る中、作家や版元が妥協をせずにつくった「誠実」な本を扱っていきたいと語って下さった石川さん。作家のデビューとなる1冊目の作品集は、出版社にとっては大きな賭けとなりますが、これまでの活動が凝縮されることが多く、初めての熱量が、アートブックの新しい可能性を切り開いています。
全体としての規模が縮小しつつある出版業界。現在は、小さな書店や出版社が増えてきているようです。直取引がしやすくなり、専門性に特化した卸屋さんが登場するなど、仕入れのスタイルも変化しています。作家自ら出版を手掛ける本や、ギャラリーが出版している本は、デザイン的に洗練されたものが多く見られます。
アートブックを通して、新しい世界観に触れることで、非日常的な体験を手に入れること。色や形、写真と字体が、最適なバランスで整えられているものを所有すること。時間をかけて素材を吟味されている「誠実な本」は、何気なく通り過ぎてしまう日常を、丁寧に生きていくことを教えてくれます。
また、アートブックは「人と人をつなぐツール」にもなります。YUY BOOKSの小野さん(vol.1)は、作家を招いたトークイベントなどを開催されていたり、梅田 蔦屋書店の片岡さん(vol.2)は、作家とのコミッションワークを通じて、写真集や作品に気軽に触れることのできる機会を提供されています。今回(vol.3)のCalo Bookshopの石川さんは、カフェやギャラリーも同時に運営することで、本のある生活をイメージできる書店づくりに取り組まれていました。
取材を通じて、アートブックは、店主とお客様、作家とファンなどが、双方向的に影響を与え合える媒介になると感じました。
読むためではなく「体験する」本。
アートブックはライフスタイルを提案したり、人と人をつなげることで、私たちに新しい「関係性」を提案してくれる存在です。「読む」という範囲にとどまらない本のあり方は、出版の未来を照らす一つの光であるように感じました。
→vol.1 「YUY BOOKS オーナー 小野友資さんへインタビュー」
→vol.2 「梅田 蔦屋書店 写真コンシェルジュ 片岡俊さんへインタビュー」
取材先:Calo Bookshop & Cafe
大阪市西区江戸堀1-8-24 若狭ビル5階
[KABインターン]
眞鍋渓 (まなべ けい):大学3年生。愛媛からやって来た。スイスのアートプロジェクトへ参加したことをきっかけに、芸術の世界に興味を持ち始める。現在、Kansai Art Beatのインターン生として、アートに関わる仕事に就けるよう模索中。忍者文字が少しだけ書ける。
[インターンプロジェクト]
本企画はKansai Art Beat(以下略KAB)において、将来の関西のアートシーンを担う人材育成を目的とするインターンプロジェクトの一環です。インターンは六ヶ月の期間中にプロジェクトを企画し、KABのメディアを通して発信しています。