森村泰昌:自画像の美術史―「私」と「わたし」が出会うとき

ゴッホの自画像になりきりセンセーションを巻き起こしてから30年、その集大成となる見逃せない展覧会!

poster for The Self-Portraits of Yasumasa Morimura: My Art, My Story, My Art History

「森村泰昌:自画像の美術史 - 『私』と『わたし』が出会うとき」

大阪市北区エリアにある
国立国際美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2016-04-05 - 2016-06-19)

In レビュー by Aki Kuroki 2016-05-23

日本の現代美術を代表する美術家・森村泰昌の地元大阪の美術館では初となる大規模な個展『森村泰昌:自画像の美術史―「私」と「わたし」が出会うとき』が、国立国際美術館で開催されている。名画に登場する人物に初めて扮した記念碑的作品《肖像(ゴッホ)》から約30年、森村は、一貫して名画の登場人物や映画女優、20世紀の歴史上の有名人物などに自らが扮するセルフ・ポートレイトを手掛けてきた。本展では、レオナルド・ダ・ヴィンチやファン・エイク、デューラー、ルブラン、ゴッホら西洋絵画の巨匠、そして松本竣介や青木繁など日本の美術、ウォーホルやシンディ・シャーマンなど現代美術の自画像に扮した写真作品、初の長編映像作品を紹介する。

ここからは展覧会を見るにあたり、いくつかの資料を参考にしていきたい。
一見すると、森村の作品は絵のように見えるがすべて写真である。実は、森村は自分のことを絵がヘタくそだと言っている。そこで考え出したのが立体塗り絵の手法だったのである。衣装や背景を金網や針金を使い粘土や布で肉付けして立体的なカンバスを作り、顔部分も立体化したカンバスととらえ着色していく。そして写真技法を経由させ、ありきたりの写真表現からは生まれることのなかった森村独特の芸術的創造物ができあがったのである。彼にとっての写真表現とは「上手に絵を描く方法」だったのだ。(※1)

そもそも、なぜ名画に扮したのか。あるインタビューで森村は次のように述べている。“美術との関係は、通常は「つくる」「見る」「知る」の三つしかない。作れる人は作家になり、見るのが得意な人は美術愛好家に、知るのが得意な人は評論家になれる。しかし自分にはそのどれもが不向きに思えた。ついに見つけた第4の道こそが「なる」ことだったのだ、と。” (※2)

また、著書『踏みはずす美術史』には、より非日常へのトリップに対する快感であるコスプレ(変身)と自分の興味の対象である美術を合体させたものが、結果美術コスプレになったと書いている。思いつきで始めた着こなしのソックリショーを続けていくうちにわかってきたのは、美術コスプレとは美術を「見る」ことでも「考える」ことでもなく、美術自体に「なる」ことである。「なる」ためには美術を「着る」、ひいては「着こなす」ことなのだと。ファッションで一枚の服をどう「着こなす」かが「着る」側からファッション界への鋭い批評になるように、美術をどう「着る」か、その「着こなし」かたこそが美術世界への批評そのものになると述べている。(※3) 森村の一枚の絵(写真)の中には美術に対する愛情、長い美術の歴史に対する畏怖の念と批評的な眼差し、独自の解釈がこめられている。
 
例をいくつか見ていこう。まずは、第0章の《肖像(ゴッホ)》。これは、ゴッホが仲間のゴーギャンと仲たがいをしたのち、自分の耳を切ってしまったときに描いた自画像《包帯をしてパイプをくわえた自画像》が元絵だ。ゴーギャンの立場からすれば切り落とした耳を送りつけられ、その上自殺までされては迷惑千万であり、ゴッホはゴーギャンにとって自分勝手な存在だったのではないかと森村はいう。制作する際、ゴッホがかぶっている防寒用の帽子にクギを何本も打ち込み、ゴッホが無意識のうちに自分をいばらの冠をかぶったキリストになぞらえていのかもしれないと新解釈している。(※4)

そして、第3章の「ロス・ヌエボス・カプリチョス」シリーズは、18世紀の巨匠ゴヤの銅版画集「ロス・カプリチョス」を題材にしたもので、当時のスペイン社会-政治・宗教・悪徳・悪習を批判的に描いたものだ。元の作品はシルクハットをかぶっているが、森村は主に正装などに用いられるシルクハットをバケツに置きかえてしまっている。このように森村は「ロス・カプリチョス」を再解読し、現代的風刺に挑んでいる。

次に、第10章の《セルフポートレート 駒場のマリリン》は、名作映画「七年目の浮気」の中で、白いホルターネックのドレスを着たマリリン・モンローが地下鉄通気口の上に立つ姿を再現した写真である。森村が選んだそのパフォーマンスの場所は東京大学の900番教室。そこは1969年に三島由紀夫が全共闘と討論を行った伝説の場である。マリリン・モンロー/女、三島由紀夫/男、アメリカ/日本、そしてそれらを結び付けてしまった美術家・森村泰昌。ある意味において美を追求してきた三人であるが、その美に対する考え方の違いなど比較してみるのも面白いかもしれない。この作品においてもいろいろな解釈が考えられる。

1985年に《肖像(ゴッホ)》を世に問うて、美術の中に入りたい、美術史に近づいていきたいという思いから「美術史シリーズ」を始め、1988年のヴェネチア・ビエンナーレの新人部門であるアペルト部門に作品を出品。その2年後の1990年に佐賀町エキジビット・スペースで開催された展覧会「美術史の娘」で、初めて作品が売れた。森村が39歳の時である。そのときようやく「作家としてやっていけると思った」とインタビューの中で答えている。(※5)それから四半世紀がたちその人が今や日本の現代美術を代表する、世界で活躍する人となっている。現代美術を見る面白さの一つは、歴史がつくられていくその瞬間に立ち会えることではないかと思う。本展は、森村が脚光をあびるきっかけになった京都での三人展「ラデカルな意志のスマイル」(1985年)の再現から始まり、新作や未発表作、過去の代表作の計約130点を集めた集大成となるもので見逃せない展覧会となっている。

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■森村泰昌:自画像の美術史―「私」と「わたし」が出会うとき

【会 場】国立国際美術館(大阪市北区中之島4-2-55)
【会 期】2016年4月5日(火)〜6月19日(日)
【時 間】10:00〜17:00 ※金曜日は19:00まで(入場は閉館30分前まで)
【観覧料】一般1,300(1,100)円、大学生900(700)円、高校生500(300)円
    ※()内は団体料金/団体は20名以上/中学生以下無料      
【公式サイト】http://morimura2016.com/
【美術館サイト】http://www.nmao.go.jp/  

<関連展覧会>
中之島、北加賀屋、釜ヶ崎で、異なる展覧会を開催。三点を結ぶ三角形が、モリムラ流の「大阪」都市論を浮かび上がらせます。(森村)
本展にあわせて、大阪市内2か所で森村泰昌の手がける展覧会が開催されます。1か所は、本展映像作品の撮影に使われた名村造船所跡地(北加賀屋)。もう1か所は、森村も運営に関わる「釜ケ崎芸術大学」の活動拠点、大阪・西成区の釜ケ崎です。
【サイト】http://morimura2016.com/event.html

■NAMURA ART MEETING ’04-’34 Vol.05 「臨界の芸術論Ⅱ―10年の趣意書」 森村泰昌アナザーミュージアム
【会 場】名村造船所跡地(大阪市住之江区北加賀屋4-1-55)
【会 期】2016年6月10日(金)~ 6月12日(日)
【時 間】13:00~19:00 
【サイト】http://nam04-34.jp/concept.html

■「ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム」オープン記念プロジェクト 森村泰昌+坂下範征「Our Sweet Home」
【会 場】ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム(大阪市西成区太子2-3-3)
     ※2016年4月3日(日)オープン
【サイト】http://cocoroom.org/
【イベント詳細】http://www.kama-media.org/japanese/blog/cat1/

<他>
■森村泰昌コレクション展
【会 場】MI Gallery(大阪市西天満1-2-23)
【会 期】2016年5月17日(火)~6月3日(金)
【時 間】13:00~18:00 土日月祝日休廊(最終日は~17:00)
【サイト】http://www.migallery-jp.com/framepage-jp.html
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※作品に特に記載のないものは作家蔵

参考文献
(※1)森村泰昌.“巨匠はみんな下手だった:へたくそ美術史”.『踏みはずす美術史-私がモナ・リザになったわけ』.第7版,講談社現代新書,2014,p.126-138.
(※2)斎藤環.“擬態とまなざし:ファリック・マザーとしての森村泰昌”.『美術手帖』2010.03,美術出版社,p.92.   
(※3)森村泰昌.“美術の極意:「オンナ・コドモ」美術史”.『踏みはずす美術史-私がモナ・リザになったわけ』.第7版,講談社現代新書,2014,p.30-32.
(※4)森村泰昌.“巨匠はみんな下手だった:へたくそ美術史”.『踏みはずす美術史-私がモナ・リザになったわけ』.第7版,講談社現代新書,2014,p.120-124.
(※5)参考:樋口ヒロユキ.“CREATOR FILE vol.50 日本を代表する美術作家 森村泰昌(Morimura Yasumasa)”.Clippin JAM. 
http://www.clippinjam.com/volume_50/cf_interview_01.html(参照:2016-05-03)

Aki Kuroki

Aki Kuroki . 兵庫県出身。広告代理店にてアカウントエグゼクティブとして主に流通業を担当、新聞・ラジオ・テレビ・雑誌などのメディアプロモーション、イベント・印刷物などを手掛ける。神戸アーバンリゾートフェアではイベントディレクターとしてフェア事務局に赴任。 その後、10年間心理カウンセラーのかたわら、ロジャーズカウンセリング・アドラー心理学・交流分析のトレーナーを担当。神戸市 保険福祉局 発達障害者支援センター設立当初より3年間カウンセラーとして従事。 2010年よりフリーランスライターとして、WEBや雑誌の編集・インタビュー・執筆などを手掛けた後、現在は美術ライターとして活動。アートの世界のインタープリターとしての役割を果たしたい。 ≫ 他の記事

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