岩崎貴宏×久門剛史。“感覚”テーマの展覧会

話題の作家による2人展が京都芸術センターで開催中!

poster for An Imaginative Playground for the Senses

夏休み企画展「感覚のあそび場 - 岩崎貴宏×久門剛史 - 」

京都市中京区エリアにある
京都芸術センターにて
このイベントは終了しました。 - (2016-07-26 - 2016-09-11)

In インタビュー by KABlog 2016-09-01

「第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」への日本館代表が決まった岩崎貴宏さんと、8月11日にスタートした「あいちトリエンナーレ2016」に参加されている久門剛史さん。話題の作家2人による夏休み企画展『感覚のあそび場―岩崎貴宏×久門剛史』が京都芸術センターで開催中です。夏休みと言っても、あくまで対象は子供から大人。大人も深く味わえる展覧会にしたいと浮かんだキーワードが「感覚」だったと京都芸術センターの西尾咲子さんは言います。「聴覚や視覚のみならず、平衡感覚や錯覚などの感覚を研ぎ澄ませて、会場を出た後にいつもと違った風景を感じ取ってもらえたら」とも。今回は、京都ご出身の久門さんにお時間をいただき、作品について、「感覚」について、また、「無い」ことの豊かさについて興味深いお話をお伺いしました。

―「日産アートアワード2015」のファイナリストとしてご一緒されて以来、お2人での展覧会は初めてと伺いました。岩崎さんとは初の2人展に向けてどんなお話をされたんですか?

久門剛史(以下、久門):展覧会に関してはそんなに話はしていなくて、ただ上手くいくだろうなとは思っていて、完全に安心していました。

―岩崎さんと知り合われたのは、2013年の国際芸術センター青森・ACACでの滞在制作がきっかけだったそうですね。

久門:東京でしばらく会社勤めをしていて、辞めてから作家活動を再開したんですけど、そのきっかけとなったのがACACでの滞在制作でした。その時に、僕の前のプログラムが岩崎さんで少し滞在期間が重なっていました。滞在中は宿も一緒だったので、よく話をしたりごはんを食べたりしていました。考えていることや大切にしようとしていることは共通している部分もあると思います。

―今回、ギャラリー北で展示されているミラーボールの作品はその時に作られたものですね。

久門:青森で作っている時は今回の展示のような「感覚」についての意識はなかったのですが、いま思えば感覚を研ぎ澄ませざるを得ない状況でした。朝起きても何の音もしないし、自分が発する音だけが響くような山の中の部屋での制作だったので。青森に行く1週間前まで東京の恵比寿で働いていて、時間のサイクルが早くてノイズも多い雑踏から青森の山の中に来た時に、時間のギャップや世界のギャップみたいなものを感じて、それでも同じタイムラインの中に人々が生きているんだなと感じました。そういう体験があって作ろうと思ったのがミラーボールの作品です。個別の世界があって、その個別の世界が集合して形成された世界があって、その世界の回りにもそれが反射してできる世界があるというか。

―新作となる和室の作品について、構想からお聞かせいただけますでしょうか?

久門:はじめは「和室でチャレンジしてみたい」とは思っていました。でも茶室を見させてもらって、空間自体はとても静かなのですが、押し寄せてくる歴史や文化のことを考えておののいてしまいました。ですから、最初は北側のスロープを使って、作品を作ろうかなと思っていました。

―取り組もうと思われたのには、何かきっかけがあって?

久門:以前から、正確なグリッドの中に曲線的なイメージや偶発性をドローイングで描くという実験をしていて、直線と曲線について考えたり、決められたスケールやパースペクティブの中で自由に生きることを考えたりしていました。和室ってすごく規律があると思ったんです。地球ってそもそも23.4度傾いていますが、でもそれを特に気にせず、なんとなくまっすぐだとして僕たちは生きています。例えば、障子の枠を少しずらすだけでも、これだけだと思っていた世界をずらしたその枠外に、その外の世界が見え始めると考えました。それが和室の作品の出発点でした。

―なるほど。この障子に潜んだズレがとても重要なポイントなんですね。

久門:音を付けたりほかの要素を足すかどうか最後まで迷っていました。茶室って限られた空間の中で、歌を詠んだり話をしたりする場所だと認識しています。以前訪れたヨーロッパの建築で、例えば教会という空間は情報がとても多いと感じました。

―確かに、美しい装飾が施されている分、情報量は多いような感じがします。

久門:僕は、例えば西洋の宗教絵画を見て図式的な理解をしようとしてしまいましたが、茶室の場合は、例えば「月が綺麗」と詠むだけで人々がそれを極めて少ない情報の中で想像を強いられる空間でもあると思うんです。規律がしっかりしている「直線的」の場所だからこそ、「曲線的」なイメージが自由に描ける。無くしていく美しさというか、無いから想像できる場所だと思います。

―そぎ落としていった中の美しさが、和室が持つ元々の魅力ということなんですね。

久門:建築家ミース・ファン・デル・ローエは建物に壁を作らず、ここはリビング、ここは寝室と決めるような設計をしなかったという話があります。決まりがないから人々はその分考えるだろうとミースは思ったんです。日本の建築って領土や人口密度の影響もありますが、自ずとそれに近い考え方に導かれたんだと思います。リビングに布団を敷いたら寝室になるとか。限られた敷地内でどう使うかを昔から日本人は建築において活用法を自然と生み出していたんだと思います。「無い」ということはすごく豊かだと思うんです。

―想像力で埋められる余白を作ってくれているということでもあるんですね。

久門:薄い平らな花器に水を張って葉っぱを浮かべるだけの見せ方があるというのを、植物のことを教えてくれたみたてさんから聞きました。昔、千利休が月が綺麗な茶会の日に、その薄い平らな器に水だけを張って何も浮かべずに縁側に置いた時があったそうです。見る人からの角度で月が綺麗に映ったりするからだそうで。

―まさに、「無い」から発見できた美しさ。

久門:西洋のデコラティブに装飾された建築からは、そうやって月が映る美しさというのは日本の様式よりは気付きにくいと思います。畳の香りだったり、遠くから聞こえてくる音の主を想像することだったり、(和室作品の)土壁に映し出される丸が場合によっては月に見えたり、光が当てられた土壁がキラキラしていたり、それぞれが美しく勘違いをして、その勘違いを蓄積させてちょっとずつしあわせになろうとする感覚が、人間が本来持つクリエイティビティだと思っています。僕がしていることは、そのための白紙を用意することに近いと考えています。何もなかったら描けないけど、白紙があれば描き易くなるかもしれない。その白紙の大きさだったり手触りだったりを考えながら提供していくことが今の僕がしている作品作りということだと思っています。

―岩崎さんは自身にとっての「感覚の遊び場」を公開されている感じを受けましたが、久門さんは、私たちにとっての「感覚の遊び場」を提供してくれているという感じがします。ちなみに、感覚のお話でお伺いしたいのですが、歳を重ねるとともに感覚が鈍っていくような感じがどうしてもしてしまいますが、久門さんはそういう不安のようなものはありますか?

久門:感覚は鈍っていると思います。ただ、鈍ってしまったら、そこのスケールを掘り下げて創ればいいと思っています。20代後半はそういう危機感は特にありましたが、10代の衝動でしか書けない音楽があるのと同様に60代にしか書けない音楽もあって。だから、今つくれるものを等身大で素直に丁寧に製作したいという思いがあります。

―衝動的な感覚に対してはあまり重要視されていない?

久門:衝動に関する憧れは常にありますが、今の自分にはそれだけを研ぎ澄ますことは不向きだと思っています。繰り返すと衝動も日常になって、冷静になっていくから、同じ方法ではずっと続かないという危機感はあります。それで言ったら抽象画を描いている人ってすごいなと思っています。「衝動をキープしようというメンタル」が作品になっている場合があるから。手慣れしていくとアブストラクトじゃなくなっていくから、常に衝動と闘っているような感じがして。僕にはできないなと思います。しかし、インスタレーションで最終的な配置を迷った場合は、シンプルな初期衝動で決めるときもあり、結果的にそれが正しかったと思うことの方が多いです。

―漠然と、子供の方がいい感覚を持っているというようなイメージがあって、でも大人にしか持てない感覚というのも絶対にあると思ってはいるんですが。

久門:子供の方が見えている光の波長だったり、聴こえている音だったり能力的に広いのは学術的に証明されている事実ではありますけど。老化を退化と信じてしまったら、死ぬまでの暇つぶしになってしまうので、それはつらいことだと思います。自分がダメになっていくというベクトルとは別で、自分が後天的に得た能力だったり、勉強したことで進化していくって思わないと創れないし、そもそも人生を肯定する姿勢でありたいと思います。

―久門さんがおっしゃっていたミースのお話にも繋がっていく部分がある気がします。

久門:1周回ってゼロになっていくというか。

―「あいちトリエンナーレ2016」の作品は、ミラーボールシリーズの5作品目となる新作も発表されているそうですね。今後のご活躍も楽しみにしています!

夏休み企画展『感覚のあそび場―岩崎貴宏×久門剛史』
【会 場】京都芸術センター ギャラリー北・南、和室「明倫」
【会 期】2016年7月26日 (火)~2016年9月11日 (日)
【開館時間】10:00~20:00  
【休 館】8月14日(日)~16日(火)臨時休館 
【料 金】入場無料
【公式サイト】http://www.kac.or.jp/events/18918/

【KABlogライター】
ヤマザキムツミ 埼玉県出身。東京生活を経て、現在は京都在住。ライターを中心に、編集とときどきなぜかデザイン仕事も受けたり。最近は豆苗の栽培と鴨川での佇みが楽しみな日々。主なしごとは、『美術屋・百兵衛』(麗人社)でコラム「となりのアートさん」を連載中。CINRA.NETや旅雑誌などで取材・執筆をさせていただいております。映画好きによる映画のためのフリーペーパー『KODOMONO-HI』も気まぐれに刊行中。http://kodomono-hi.jimdo.com/

KAB Team

KAB Team . Kansai Art Beatのニュースをお伝えします。 ≫ 他の記事

KABlogについて

Kansai Art Beatの運営チームにまつわるニュースをお伝えします。

Facebook

KABlogのそれぞれの記事は著者個人の文責によるものであり、その雇用主、Kansai Art Beat、NPO法人GADAGOの見解、意向を示すものではありません。

All content on this site is © their respective owner(s).
Kansai Art Beat (2004 - 2021) - About - Contact - Privacy - Terms of Use