特別展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」兵庫県立美術館

芸術的創作を推し進めたアール・ブリュットの体現者の作品世界

poster for Adolf Wölfli

「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」

神戸市エリアにある
兵庫県立美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2017-01-11 - 2017-02-26)

In トップ記事小 フォトレポート by Reiji Isoi 2017-02-17

スイスの芸術家アドルフ・ヴェルフリ(Adolf Wölfli 1864-1930)の回顧展が、兵庫県立美術館にて只今開催中です。

アドルフ・ヴェルフリは1864年にスイス・ベルンの貧しい農家に生まれ、早くに両親を亡くした後、地方行政区の里子奉公協会のもと、農場労働者、日雇い労働者として過ごすなど不遇な幼年期を過ごしました。思春期〜青年期にも、兵役、過酷な労働現場や刑務所の独房など、肉体的にも精神的にも深く傷つけられる出来事に見舞われ、1895年に統合失調症の診断を受けたのち、ベルン近郊の精神科病院に収監され、後半生を過ごしました。

ヴェルフリは抑留された4年後の1899年頃、30代の半ばから絵を描きはじめ、生涯を通じ、絶え間なく創作活動を続けました。散文、詩、擬音、表、数字、絵、コラージュや音楽の作曲を絡み合わせた物語的な作品シリーズをはじめ、ブロートクンスト(日々の糧のための作品)と呼ばれる、ヴェルフリの絵を買い求めた人々たちへの作品など、1930年に亡くなるまでの間に、1600点の絵と1600点のコラージュを含む計25000頁を超える全45冊の作品群を遺しました。かつては、ヴァルダウ精神病院が保管していたそれらの遺作は、現在ベルン美術館内のアドルフ・ヴェルフリ財団がほぼ完全な状態で保存しており、伝統的な美術館の文脈においてそれら芸術作品の現在性を提示することを目的とした研究の対象となっています。

本展示は、初期の作品から晩年に至るまで、ヴェルフリの創作活動を辿ることのできる厳選された74点の作品から成る大規模な回顧展としては国内初であり、アウトサイダー・アート/アール・ブリュットという概念の本来の意味やその在り方を考えるうえでも意義深い試みです。

1914「地理と代数の書」第21章 529-529頁

元来、アール・ブリュットは、1940年代半ばに、アンフォルメル(Art informel、非定型の芸術)と呼ばれる前衛美術の先駆者として知られる画家ジャン・デュビュッフェが、アドルフ・ヴェルフリやアロイーズ・コルバスの作品との出会いをきっかけとし、既存の美術界の枠外で芸術家としての能力を発揮する作家や作品を解放すると同時に、当時の西洋美術の状況に警鐘を鳴らす目的で構築した概念とされています。

『アール・ブリュットとは、芸術的創作をできるところまで推し進めたものです。他の芸術家たちは、自分の芸術をほんの半分しか信じられず、芸術の外側にある人生を生きていたのです。狂気とは偉大な芸術です。例えばヴェルフリがそうであったように』ジャン・デュビュッフェ 「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国 公式図録 帯より引用」)

アドルフ・ヴェルフリは、日本ではこれまでアウトサイダー・アート/アール・ブリュットを代表する作家として知られていますが、本国スイスでは、スイス連邦鉄道の特急列車に、アルバート・アインシュタイン、ル・コルビュジエといったスイスにゆかりのある著名人に並び、その名が付けられた列車もある程、社会に受け入れられた芸術家として存在しています。

ヴェルフリの作品群には、不適合者として社会から隔離され閉じ込められた芸術家の人生とその内的宇宙がほとばしるように描かれ、そこでは作家の想像した物語がめくるめく展開しています。とめどもない想像を描き続け作品に昇華することは、不遇な前半生で傷ついた魂を浄化する営みだったのでしょうか。ヴェルフリの人生や作品についての情報を知っていても、そうでなくても、観るものをただただ圧倒する作品群には、アウトサイダー・アートとインサイダー・アートの境界、芸術行為や芸術作品とは本来何であるかということを、あらためて考えさせられます。

1915「地理と代数の書」第13章31b頁

また、アウトサイダー・アートの代表的作家という冠を外し直にその作品を観ることで、そうした枠組みには決して収まりきらない根源的な芸術の力、人間本来の持つ表象能力や物語を創造する能力の可能性、それらを発揮したひとりの人間の人生=作品に触れることのできる貴重な機会です。なお同展は、3月7日から愛知・名古屋市美術館、4月29日から東京・東京ステーションギャラリーに巡回予定です。膨大な数の圧倒的な作品群を遺した芸術家の半生と(かつては狂気とも呼ばれた)創造力に触れることのできるこの機会に、足を運んでみてはいかがでしょうか?

参考文献:アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国 公式図録  国書刊行会  2017年
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【開催概要】
特別展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」

開催期間:2017年1月11日[水]—2月26日[日]
展示時間:午前10時~午後6時 (金・土曜日は午後8時まで) 入場は閉館30分前まで
休館日:月曜日
入場料:一般 1400円、大学生1000円、高校生・65歳以上700円、中学生以下無料  詳細は以下をご覧ください
イベント詳細: http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1701/

Reiji Isoi

Reiji Isoi . 1978年生まれ。00年代前半より音楽業界を中心に写真の撮影活動を始め、音楽・美術・文芸誌に写真・インタビュー記事等を寄稿するほか、映像撮影・制作の仕事に携わる。仲間と突発的に結成した『宇宙メガネ』からも不定期に発信することがある。各地で起こる皆既日食、米国のバーニングマン、インドのクンブメーラ祭、古代遺跡でのイベントなど、津々浦々で出会う作品や表現者たちとの交流を通じ、森羅万象の片影を捉えようとカメラを携え日々撮り続けている。 http://razyisoi.jp/ ≫ 他の記事

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