エレナ・トゥタッチコワ インタビュー

記憶の奥にやわらかく触れるもの

poster for Elena Tutatchikova “With My Dinosaurs”

エレナ・トゥタッチコワ「With My Dinosaurs」

京都市中京区エリアにある
京都アートホステル クマグスクにて
このイベントは終了しました。 - (2017-06-10 - 2017-06-25)

In インタビュー by Makoto Hamagami 2017-06-16

現在 KYOTO ART HOSTEL kumagusukuにて、エレナ・トゥタッチコワさんの個展 「With My Dinosaurs」が開催されています。この展覧会は、彼女の初写真集『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』(torch press)の刊行に合わせた開催であり、kumagusukuでは、ある夏の日の兄妹たちの冒険を描いた映像作品「With My Dinosaurs」(2016)を中心に、写真集にも収録されているシリーズ「Treasures」などから選んだ作品と共に展示されています。

エレナさんの作品の世界には自然や音楽が満ち溢れていて、そこから紡がれる物語は、私たちにとってもどこか懐かしい原風景を描き出します。彼女の作品から聴こえる自然や見える音、そして物語はどのように生まれてくるのでしょうか。今回のインタビューでは、作品の中に含まれるそれらの要素のひとつひとつについて、
彼女のルーツを辿りながらお話を伺いました。

写真と映像、メディアの選択

—エレナさんは、日本に来る以前はモスクワでクラシック音楽や日本の歴史を学ばれたと聞きました。そこからどのような経緯で、写真や映像というメディアにたどり着いたのでしょうか?

カメラを持ち歩き始めたのは12年くらい前だと思います。もともと歩くことがとても好きで、単純に歩きながら自分のよく行く場所を撮ったり、よく一緒に歩く人を撮ったり。人と景色、最初から両方とも撮っていました。どこかへ遠出したり、遠足へ行くときはだいたい誰かと一緒にいるし、そこには大てい自然や街があって、その両方をカメラに収めていました。当時はまだ、写真家やアーティストになりたいと考えてはいなかったけれど、とにかくフィルムを大量に使って、撮っていました。そうするといつの間にか周りに写真や映像や映画を撮る人が増えていって、そのつながりも広がっていきました。写真家やアーティストというあり方や生き方を、彼らを通して知りました。また、写真を通して、人と意味のある関わり方ができるということにも気がつきました。

—エレナさんの作品では、人と人との関わり、自然と人との関わりが大きなテーマのひとつですよね。写真というメディアが、エレナさんのテーマを表現するために有効な手段のひとつであるということでしょうか?

何のために作品をつくるかという質問がつねに自分の中にあって、そういう自分の制作のスタート地点というのは、やっぱり人と関わるということなのだと思います。そして、自分が表現したいものに一番合うメディアというのが、現時点では写真や映像なのです。ある意味メディアはフォーマットでしかないので、今後の自分の制作においてメディアや表現方法が変わっていくことはあるかもしれません。ただし、それは自分の中心となるものがないということではなくて、視点が変わると何か新しい発見があるし、それによって精神的な文脈も変わっていくので対象の扱い方も変わる、ということです。自分が何を表現したいのか、どういうふうに関わりたいのかということによって作品も変わっていくので、メディアに対しても同じことが言えると思うんです。つまり、メディアではなく、内容の方が重要なのです。また、現在写真や映像をメディアとして選択する私にとって、これらを技術的な問題や写真の歴史、人間の視覚的な文化や歴史から切り離して考えることは不可能なので、常に研究しなければならないと思っています。

音楽の色が聴こえる

—モスクワでは音楽を学ばれていたとお聞きしました。

音楽をやっていたのが一番長くて、4歳から20歳くらいまで、自分の人生のかなり大きな部分を占めています。モスクワ国立音楽院付属中央音楽学校というところで、日本で言うと小中高と11年間通っていました。音楽に夢中になったのは、4歳くらいのときにピアノのお店の前を通りがかったのがきっかけで、それからおばあちゃんがピアノを買ってくれました。その時は音楽の知識も勿論なかったけれど、私は買ってもらったピアノで、自分が見たものや知っている景色を音に起こそうとしていました。例えば、自分が好きだったリラの花。リラの花は5月に咲くのですが、紫色と白色があるから、“紫色のリラの花の曲”と“白色のリラの花の曲”というのを弾いていました。あとは、路面電車が大好きだったのでその音を真似たり、家まで行く道の音を真似た曲だったり。4歳のときはまだ譜面の書き方とかは全然知らなくて、ただ単に音を聴こえた通りに弾いていたのを覚えています。それらの曲が毎回同じだったのか、毎回変わっていっていたのか、今となっては覚えていません。ですが重要なのは、私の中で色と音とが繋がっていたということです。

—それは大変興味深いです。いわゆる“共感覚”のようなものですか?

そう、それです。子どもの時は特にその傾向が強かったみたいです。例えば、レのことを緑色と言ってしまったり、ラは青、ドは白とか。ソは黄色が混ざったちょっと明るい赤かな。例えば、太陽を通して見ると血管が浮き上がるみたいに、肌を通したような赤なんです。もちろん楽譜の中ではいろんな音が混ざるのですが、そういった色彩が生まれるイメージが自分の頭の中にありました。

—音楽づけの日々から、どのような方向転換があって現在に至るのでしょうか?

14歳くらいのときに絵を描きたいと思って、家で描いたりしていまいした。でもそれ以外は、朝から晩までずっと音楽の世界にいたから、18歳くらいまではほとんど音楽をやっている人としか関わりがなくて。音楽以外の世界が自分にとってほとんど存在していなかったし、例えば同世代の理数系の人たちがどうやって生きているのかということも全然イメージできませんでした。それで、高校を卒業してこのまま音楽の道に進むかを考えたとき、一度音楽をやめることにしました。今じゃなきゃ、他の世界の生き方とかあり方を知ることはできないと、そう思ったのです。

— 一度離れると決めた音楽は、エレナさんの中で現在も生き生きと存在しているように感じます。

音楽の世界を離れる事、それは自分の中で大変な決断でしたが、今は全然後悔していません。むしろ、音楽を違う形で生かしているような気がします。音楽をずっとやってきたから、ある意味で言語が勉強しやすかったということもあるし、やっぱり視覚的なイメージと音とがどこかで必ず繋がっているんですよね。作品制作で画面の構成をするときや風景を見るときにも、音楽や音という要素のことを考えます。例えば、映像を編集するとき、音を中心に編集することがあります。音を大事にして、いろんな要素をつなげていくモンタージュの手法が好きです。

人をつつみこむ自然

—エレナさんの作品では、偉大な自然の存在を感じます。それも、人間存在を脅かすものではなく、人を優しくつつみこみ、守ってくれるような自然です。これは、エレナさんが幼い頃から経験してきた、ご自身と自然の関係性そのものと言えるのでしょうか?

人の精神世界というものは、その人が成長するときにどんな風景を見て、どういう色や光を見ているかによって構築されていくのだと思います。自分の目を通して見たものによって、自分が物理的に出来上がっていくような。自分にとってそれは自然であり、自然の中に生まれて生活しているという感覚がすごく強くあります。とにかく自然、環境を重要だと考えていて、それなしに自分は生きられないのです。
私が生まれたのはモスクワで、そこは都会ではあるけれど当時は高層ビルなども無く、中心部も、渡れないほど広い道がありますが、実際コンパクトだし、季節も感じることができる場所でした。四季というものはヨーロッパにも昔から概念としてあるものですけど、その国の季節の移り変わりというのは、それを眺める人の世界観をつくると思います。また、いきなり夏が始まったり冬が始まったりするのではなく、その間のステップがすごく長くて、そのグラデーションのような変化を毎日眺めていました。雪が初めて溶けた日とか、そのときの光がどうだったかとか。人や街の様子が変わると音も変わるし、雪が降った日の音もまた違うし、初めて葉っぱが出てきた時も、空気が全然違う。初めてすごく暑くなった日とか、初めて秋の気配を感じ始めた夏の終わりの日も。そういうのを街の中にいても、かなり強く感じ、気がつかずにはいられない。そんな環境の中にいたことで、私と自然との関係性が出来上がっていったのだと思います。

—例えば写真を撮るときなどに、日本とロシアで比べると、光の成分や色のバランスの違いを感じますか?

特に東京にいるときに、違いを強く感じます。ビルが多くあるせいかな。色はだいたい同じような、グレー、ベージュ、白とか。日本の光って濃くないというか、白みがある光なんですよね。影とのグラデーションが多くないというか。建築の中の光はまた違うかもしれませんね。木造の伝統的な建築の中では、光や影を特別なもののように感じます。もちろん日の長さや空気の乾燥具合などでも大きく違うんでしょうけど。例えばロシアの光の成分だと、ある初夏の朝に起きると、窓から厚みのある、柱のような光がたくさん入っているように見えることがあります。そこにプランクトンが泳いでいるかのような、循環しているかのような。本当は、それは単純にホコリなんだけど、物理的な光を見る感じがあります。それを日本で見る機会はあまりないです。日本の光は、部分的にコントラストが強いのではなくて、より一体化したものに感じます。

物語と言葉

—エレナさんの作品における物語には、それらが個人的な物語であるにもかかわらずどこか普遍的なものを感じます。

私の中では、完結しているストーリー、つまり始まりがあって終わりがあるような起承転結のはっきりした物語というものはありません。むしろ、今の世界でそういうストーリーは不可能なのではないかとさえ思います。ストーリーを通して何を伝えたいか、それはストーリー自体ではないと思います。直線的なナラティブではなく、球体のような奥行きのあるものをつくりたい。ただ、映像だとやっぱり始まりと終わりがあるから、映像が終わったときに一つの球体のような世界の形を残すにはどうすればいいのかを考えます。一度解体して再構築していくというプロセスが必要です。

—先ほど、映像編集のときには音を中心に編集することがあるとおっしゃっていましたが、つまり音・音楽と物語もお互いに影響しあっているということですか?

そうですね。音とイメージというのはやはり、人の世界認識のための重要な要素なので。例えば森の物語だったら、森というのは大てい必ず音もあるし色もあるし風景もあって、それを誰かが知覚して認識している。その森に人がいるからこそ、そこには無数のストーリーがあって、誰かに語って聞かせられるものもあれば、言葉以前の意識の状態のストーリーというのもある。どこまで行って、どの方向へ行っても物語があるし、それは全部繋がっていて、一直線的なナラティブというのは人間の有機的なシステムの中では本当に不可能だと思います。では、そういう記憶や認識を空間としてとらえて、どういうふうに芸術という分野の中で構築していくのか。自分がそれを表現するためにはどうしたらいいか、ということを日々考えています。

—写真集『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』もまた、ひとつのナラティブとして構成されています。これはエレナさん自身のプライベートな記憶をたどったものですが、しかしロシアの風景や文化を知らない私たちにとってもどこか懐かしさがあるように思います。

この写真集は、自分自身の個人的な記憶と深く結びついている作品で、自分が子どものころに過ごした時間、特に夏の時間、そしておばあちゃんが住んでいた場所やその記憶がコアな部分になっています。しかし私以外の人にとっても、というか人間が子どもから大人へと成長していく過程において、夏というのは超えなければいけない季節というか、それを超えたらまた一つ歳をとったような感覚になる、特別な時間なのだと思います。

—確かに、子どもの頃の夏休みには魔法がありました。なにかすごい発見をしたり、言葉にできない思いを抱えたり。ロシアの子どもたちにとっても、夏は特別な時間なんですね。

ロシアでは子どもは夏の期間中、自由になれるんですよ。学校が終わって、次の学校が始まるまでのおよそ3ヶ月の特別な時間。その時間の中で自分が出会った人や別れた人、川や森や草原などの風景。多くの人はおじいちゃんおばあちゃんの田舎の家で過ごすのですが、そこに流れる時間は、例えば朝が始まって、もう一日過ぎたのかと思ってもまだ昼にもなっていなかったり。いつ終わるかもわからない時間が、でも結局は終わってしまうような。終わったときにはあっという間だったと思うけど、始まったときには、早く終わってしまえばいいと思うときもあったりして。そういう子どもにしか体験できない不思議な時間感覚があって、ひと夏が終われば、自分がなんだか変わってきたなという感覚が残る。そういった感覚や時間を自分だけが体験していたわけではなくて、多分ほとんどの子がそういう感覚で夏を過ごしていたと思うと、それもまたすごく不思議な現象だなと思って、それを一つの写真集にしたかったのです。なにより、自分が子どものときに見た風景、そしてそういった人間が生きる時間とか成長するときの一番大切な夏の時間、それは一体どういうものなのかということを、自分なりにまとめたかったのです。そこでちょっとした文章も書いてるんですが、その文章がなかったらこの写真集は成立しなかったのかなと思うんです。

—はじめてエレナさんが書いたテキストを読んだのは、この写真集ででした。日本語のもつ繊細な表現、言葉の組み合わせ、音やリズムがとても美しく、また、それらの言葉が写真の世界観とも響き合っているように思えました。言葉や日本語というものをどう捉えているのかお聞きしたいです。

日本語の勉強を始めたときは、書くことも喋ることもできなくて、文章を書けるようになるまでにも結構時間がかかりました。日本に住んで5年くらいになりますが、今は日本にいるので、言語を使うときには自然と日本語で思考することになります。人と関わることや、その中で出てきた言葉、また、その言葉を使った環境や条件などの全ての次元を言葉自体が吸収し、その形で私の中に残ります。言語に関して悩んでいた時期に気がついたのが、ある言語を学ぶ人ってもう一度子どもになるんだ、ということです。自分が全ての言葉を失ったかのようで、またゼロから勉強しなければならない。例えば自分が18歳で100万語を知っていて、改めてイタリア語を1ヶ月間勉強することで300~500くらいの言葉を覚えたとします。これは多分イタリア人で言ったら1歳とか2歳の子どもくらい。自分は赤ん坊のように、胸の中にたくさんの気持ちがこもっているけれど、それを言うことができない。そんなときは、自分が母国語すらも忘れてしまったような感覚になります。頭の中には言葉になる前の世界というのがあって、それを言葉として出すことができないという。自分の中に確かに存在するものが形にならない。そんなとき、人間が考えていることが言葉になる以前の状態があるんだな、ということを物理的に感じました。そのことを知れたのは面白かったけど、自分がまた子どもに戻ったのかと思うと悔しくて涙が出るときも多々ありました。

—そういう経験を経て、言語が生きはじめる瞬間というものに出会ったのですね。

だんだん日本語がわかるようになって、自分がその言語と一緒に生きることを始めると、言葉もまた、自分の中で生き始める。そうすると、その言語で書くとき、例えば自分が経験した風景を書くとき、そのときの言葉が自然にでてきます。それが別の言語で体験した気持ちだったときは、別の言語で自然に言葉が出てくるのです。最終的に翻訳や編集作業よってそれが文章としてまとめられるのですが、私の中で常に2つの言語が生きているということが重要だと思います。そういう二つの言語的なレイヤーが必ずあって、それで一つの文章が出来上がっていくのだなと思います。

アーティストであること

—エレナさんの作品を構成する要素のひとつひとつについてお話を伺うことで、エレナさんのアーティストとしてのあり方が少しわかったような気がします。

作品をつくるとき、インプットとアウトプットとのバランスがいいということが重要だと考えています。例えば、自分が誰かから、何か精神文化のかけらのようなものをもらったとしたら、それを自分が表現する必要があるし、その人に対して返す必要があると思っています。そこには私と相手との間に常に平等な関係があります。例えば私は、制作のためにフィールドワークを行い、そこでその土地の人々にインタビューをすることがあります。最終的にそのインタビューを形にするのは私ですが、だからといってそれは私の言葉ではなく、その人個人の物語です。写真の場合でも、それを見てくれる人がいないと写真として生きることがないですよね。ものとして生きる唯一の条件というのが、鑑賞者がいることだと思うんです。そうすると、作品を鑑賞してもらうこと自体が一種の共同作業であり、作品というものは共同作業の中から生まれるものなのだなと思います。例えば、演劇が唯一に可能な状況というのは、鑑賞者がいるときであり、そのときに初めて演劇は演劇として成立している。写真の場合もそうで、はじめて生きる瞬間というのは、誰かが観て、誰かがそれを解釈しようとして考えているときだから、そういう瞬間を作り出すのはもちろん自分ですが、逆に他者がいなければそういう瞬間も生まれません。自分がアーティストとして存在することを、人との関わりの中で捉えています。

—ありがとうございました。

インタビューのあと、その足でエレナさんと一緒にkumagusukuへ展示を観に行きました。6月の少し温かい空気が流れる半屋外の展示スペースでは、夜空の下で川の流れる音や子どもたちの声が心地よく響きます。映像作品の前に座りながら音に耳を傾けてみると、身体が自然の中に優しくつつまれているように感じられ、自分は今、物語という空間の中にいるのだと気づきました。そしてその時、自分の聴覚と視覚がいつもより少しだけ繋がっているような気がしたのは、エレナさんの言葉が私の中に様々な色を残してくれたからだと思います。

【展覧会概要】
エレナ・トゥタッチコワ個展 「With My Dinosaurs」

会期 2017年6月10(土) – 6月25日(日)
開催時間 16:00 〜 21:00、休館日なし
会場 KYOTO ART HOSTEL kumagusuku
〒604-8805 京都市中京区壬生馬場町37-3
https://kumagusuku.info/

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エレナ・トゥタッチコワ/ Elena Tutatchikova
1984年、モスクワ生まれ、東京在住。モスクワでクラシック音楽や日本の歴史を学んた後、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻で学ぶ。自然と人間の関わりや文化的現象を通して、人間の記憶がどのように形成されるかに関心を抱き、地域のリサーチを重ねることで土地や個人の物語を採集し、写真、映像、音、テキストによるインスタレーションとして構成している。主な展覧会には、個展には「In Summer: Apples, Fossils and the Book」POST(東京、2016)、「After an Apple Falls From the Tree, There is a Sound」POETIC SCAPE(東京、2015)、東京写真月間「To the Northern Shores」MUSEE F(東京、2015)、グループ展やフェスティバルには、茨城県北芸術祭(2016)、「はしまりのししま“In the Beginning, Silence was Always Silence”」Takuro Someya Contemporary Art (東京、2015)等がある。
http://elenatutatchikova.com/

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【書籍概要】 
『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』

エレナ・トゥタッチコワ 著
デザイン:須山悠里
仕様:A4 判変型 / 仮フランス装 / 72P
言語:日本語 /英語
定価:2,500円+税 ISBN978-4-907562-09-6 C0072
発売年 : 2016
出版社 : torch press
http://www.torchpress.net/

*会場にて、プリント付きスペシャルエディションを販売します。
写真集 + 六ツ切 1 枚 + 特装函 / ed.20 / 予価 25,000円+税 〜

*会場では、torch pressのすべての出版物もご覧頂けます。
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【同時開催】
エレナ・トゥタッチコワ個展 「ひつじの時刻、北風、晴れ」
Elena Tutatchikova: Hour of the Sheep, North Wind, Sunny

会期 2017年 6月15日 (木), 16(金), 17(土), 18(日),
22(木), 23 (金), 24 (土), 25 (日) (8日間・木曜日〜日曜日)
開催時間 17:00〜21:00 ※晴天時のみ屋上にて映像の展示あり。雨天時には中止します。
会場 STUDIO STAFF ONLY
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-3-1 長崎ビル4F 
http://staffonly.tokyo/

[オープニング・レセプション]
2017年6月16日(金), 18:00〜21:00
レセプションでは、知床ウナベツ岳メーメーベーカリーのパンや、
知床の文化を紹介する雑誌『シリエトクノート』などを販売します。
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Makoto Hamagami

Makoto Hamagami . 1992年三重県生まれ。大学時代を京都で過ごし、美学芸術学及びアートマネジメントを学ぶ。その後、チェコのアートスタジオに勤務。現在は京都にて多様な背景をもつ人々と協働しながら、芸術、言語、社会とその周辺について、プロジェクト、ワークショップ等の企画・コーディネートを行っている。神戸大学大学院国際文化学研究科在籍。 ≫ 他の記事

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