「punto」open studio 2017

新進気鋭の作家7人による共同スタジオ「punto」が開催する、年に1度のオープンデー

In インタビュー by Atsuko Nomura 2017-06-09

芸術大学を卒業後、どうやって作家活動を続けていけばよいのか、という悩みを抱える学生たちは多い。アトリエの確保、発表場所の選択、キャリアの確立方法など、大学という所属先を離れた若い美術作家には、制作以前の課題がいくつも存在する。

puntoは、そのような課題を抱えた長谷川由貴さんと嶋春香さんが構想の中心となり、彼女たちが京都市立芸術大学大学院美術研究科を修了した2014年春にオープンした共同スタジオだ。

JR京都駅から南に徒歩7分ほどの場所にあるpuntoは、元々はかばん工場として使われていた建物をセルフリノベーションした空間である。現在は7人の作家がスペースを共有している。彼女たちは、1988〜1990年生まれの同世代の女性作家であるという以外には、ジャンルも技法もさまざまである。これは、当初から意図していたことだそうで、なるべく多様な分野で活動する作家が集まることで、互いに刺激を与え合えられれば、との思いからだそうだ。

1年に1度開催しているオープンスタジオは、今年は2017年5月3日から5日に行われた。「作品がどのようにつくられているかを見ていただき、楽しんでいただければ」という発想から始まったもので、各作家が普段の制作スペースで作品を展示販売する。作家ごとにスタジオの設えはまったく異なり、本棚が充実している作家、床を広くとって描く作家、大型の工具を使用する作家など、それぞれの制作スタイルと興味の方向性の違いが個性的に表れている。

このオープンスタジオの意図は、作家として制作の舞台裏に招待するというだけにとどまらない。自らのスペースで作品を展示し、コンセプトや制作背景について来場者に語り、価格を付けて販売する。これは、既存のアートマーケットの文脈に飲み込まれないオルタナティブな形式として、作品の流通と価格設定の決定権を作家の手元に残そうとする試みでもある。

もちろん彼女たちにとって、このオープンスタジオでの取り組みは、ギャラリーや美術館での個展またはグループ展など複数ある発表形態のうちのひとつではある。しかしその根底には、「美術作家としての既存のキャリアパスに依らないやり方もあるのではないか」、そして「自分たちの取り組みが、後進の作家たちのひとつのロールモデルになるのではないか」という芯の通った意志が存在している。

実際に、このオープンスタジオに来場するのは、コレクターや美術愛好家だけではない。学芸員、メディア関係者、学生など、美術に関わるさまざまな立場の人々が、puntoに在籍している作家の活躍に注目してこの機会に来場する。作家にとっては、単なるアトリエ招待ではなく、積極的なプロモーション活動としてのオープンスタジオなのである。

しかしこのような果敢さはありつつも、スタジオ全体の雰囲気は非常に穏やかで、7人の作家同士が互いに良い影響を及ぼしていることが感じられる。たとえば、制作の悩みをジャンルが違う他のメンバーに相談すると、思わぬ突破口が開けることがあるという。また、他のメンバーが困難を経て制作したことを知っていると、その作品が評価されたときには自分のことのように嬉しくなったりする、と彼女らは語っていた。

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「ヒトが自然に対して抱いてきた畏れ」をテーマに|長谷川由貴

長谷川由貴さんのスタジオは、植物と本棚が印象的だった。本棚には神話や民俗学に関する書籍が多く並んでいた。主に自然の風景を描く彼女の作品には、直接的には神話的なモチーフは見られない。しかし作品が醸し出すひそやかな聖性の背景には、これらの自然への畏敬といにしえから続く自然信仰への深い理解があることが確かに感じられる。

「近年の作品では、人類が自然を理解するために行ってきた「神格化」と「畏れ」について、民俗学などを参照しながら、特別な場として信仰の残る場所へのフィールドワークを重ねて描いた作品がほとんどでした。しかしこの作品(《Veil of Species》)を描き始めた頃から、”自然現象の仕組みも知ってしまっている現代人”としての自分自身がまっすぐ自然を見つめたときに見えた畏れとはどのようなものなのかを抽出することを意識し始めました」と長谷川さんは語る。


ファッション写真とのコラボレーションの|岡本里栄

岡本里栄さんは、ファッション誌「SPUR」2017年3月号とコラボレーションした油彩画を展示していた。雑誌に掲載された作品とともに、そこに至るまでの習作を並べて見せることで、構図や細部の工夫を窺い知ることができる。また、近作のフレスコ画や、琵琶湖で拾った陶器の欠片のデッサンも展示しており、滋賀で生まれ育った彼女のローカル性とグローバル性の振れ幅の広さが興味深い。


「画家とミューズの関係を扱った特集だったので、モデルとの関係を考えさせられたいい機会でした」と岡本さん。1週間もない時間の中で仕上げていかなければならないタイトなスケジュールだったそうだが、「魅力的な服とモデルさんがモチーフだったので良いモチベーションを保ったまま制作できました」と話す。母校の成安造形大学で行われた、同じモデルの撮影にも立ち会い、岡本さんにとっては画家としてのキャリアのひとつの契機となったことが窺える。


写真から受ける皮膚感覚のようなものを表現したい|嶋春香

嶋春香さんは、床と壁面を広くとったアトリエスペースで、蛍光塗料を使用した作品を中心に展示。嶋さんは近年、歴史的資料写真をモチーフに、絵画や立体など様々なアプローチで制作活動を展開している。今回は資料写真が載っている本の「頁の表裏」から着想を得た立体作品について語ってくれた。

「本という媒体は、開いているページが表となって、裏にはまったく違う情報が載っている。それを本という構造物ではなくて立体作品として表現するときに、裏表という関係を私なりの解釈で再考してみようと考えました」と話す嶋さん。「写真ってフラットなものですが、そこに写っている物質の奥行き、大きさ、テクスチャーなど、いろんな感覚を想起させるメディアだと思います。私にはそういうフラットさから実感を得たいという欲求があるんです」。


「日本画家」というくくりから自分を解放してみる|松平莉奈

松平莉奈さんの制作スペースは、床にゴザが敷かれている。このオープンスタジオの会期中には公開制作を行っており、普段のように床に座って日本画を描く様子を来場者に公開している。また、伝統的な技法で現代的な表現を行う彼女の本棚には、新旧の哲学書や思想書が並んでおり、現代思想への興味を窺わせる。


制作中の作品について、「タブローに描かれた “日本画” というのは、近代以降の特殊な形式です。そのような日本画というジャンルの背景から、タブローの形をとらない “絵の標本” を実験的につくろうと考えました」と話す松平さん。「先にやりたいことがあって技術を学ぶのではなく、素材が要請するアウトプットの形を探究したいという好奇心があります。内発的な目的で描くことを極力減らしていきたいと思っています」と語る彼女は、今は絹本制作や日本以外の東洋美術にも興味があるという。


向こう側に人の存在を感じる作品を|天牛美矢子

革や布を用いたダイナミックな作品をつくる天牛美矢子さんのスペースは、この共同スタジオの作家のなかでも特に異色を放っている。制作スペースは比較的シンプルであるが、今回展示されている「野生児」をテーマにした作品群の強い物語性と、革や古着などの素材が秘めている人や動物の気配が、彼女のスペースを非日常的なエネルギーで満たしている。


自身の作風の独創的な世界観の源について、天牛さんは「実家が代々古本屋を営んでいるということもあって、作品の物語性というのを特に大切にしています。古い衣服を使うのは、他の素材に比べて密接に息づかいを感じるものだと思うから」と語る。近年は戦争をベースにした象徴的作品を構想しているが、「悲惨な戦争が起きたとして、その後に鎮魂の儀式があったとしたら、その場にある軍服などを慰霊のために使うのではないか」という発想から、古着の軍服を使用し始めたそうだ。


化石的なものに惹かれて|森山佐紀

森山佐紀さんは、ビニール袋に古典名画と拾った植物を入れたインスタレーションを展示した。そばに置かれていた、漆の表面を研ぎ出してつくる彼女の過去の作品と比べると、まったく違ったアプローチの作品である。しかしそこには、時間や記憶の積層を表現しようとする実験的な試行錯誤の過程が見てとれる。簡素に保たれた制作スペースの様子に反して、作品には共通して概念的な思考の堆積が感じられる。


「今は、脱活乾漆造りという仏像制作の技法に挑戦しています。ビニール袋の作品とも共通するのですが、”ぬけがら” や、”不在の中の存在” のようなものに興味があります。名画の肖像画も、そこに描かれた人物は今はもういない。そういった、いわば化石的なものに惹かれて、漆工だったり写真だったり、素材を限定せずさまざまな手法で表現しています」と森山さんは語る。


はかないもの、小さいものを、空気ごととらえる|山西杏奈

作品と制作スペースのギャップが最も大きかったのが、山西杏奈さんである。山西さんの作品は、精巧な木工技術によって静かで繊細な世界を表現したものが多い。しかし、彼女のスペースには、木工のための電動糸鋸盤や、木を切断するための工具、大きな木材や動物のツノなど、専用の機械や未加工の素材が並んでおり、およそ作品からは想像しがたい質実剛健といった雰囲気の空間であった。


「はかないもの、小さいものが好きです。それからよく使うのは、ひもや布、抽象的なモチーフですが、それが人のように見えたり、幽霊のように見えたり、何か見間違いが起こるものがおもしろいなと思います」と山西さんが語るように、彼女の作品は、白い台座の上に置かれると、まるで見えない透明ケースの中に閉じ込められた遠くの風景のように見える。「作品と自分の間に分厚い空気の層があるような、空間全体を意識して制作しています」。


いま現在活躍している作家のアトリエを訪ね、作品が生まれる場所で直接話を聞くことができるオープンスタジオは、コンテンポラリーアートならではの醍醐味を楽しめるイベントといってもよいだろう。今回話を伺った7人の作家の今後の活躍がますます楽しみである。

関連記事
女性6人による作家スタジオpunto(2014年の記事)
http://www.kansaiartbeat.com/kablog/entries.ja/2014/05/punto.html

【開催情報】

 punto open studio
 会期:2017年5月3日(水) – 5月5日(金)
 住所:〒601-8011 京都府京都市南区東九条南山王町6-3
 在籍作家:岡本里栄、嶋春香、天牛美矢子、長谷川由貴、松平莉奈、森山佐紀、山西杏奈
 http://punto-studio.net
 ※通常は非公開

Atsuko Nomura

Atsuko Nomura . 野村敦子|1983年奈良県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現代美術に関する企画、執筆、翻訳等を行っている。美術作品と美術家がどのように価値付けられ、美術史がどのように形成されてゆくのか、また現代美術に関わる経済システムには今後どのような可能性があるのかなど、美術と経済の問題について関心を抱いている。 ≫ 他の記事

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