アート作品を鑑賞する場としてまず最初に挙げられるのは美術館やギャラリーではないでしょうか?
これら「ホワイトキューブ」を制度的に批判し、実験的なアートの活動を支援する場として1960年代後半から現れてきたのが「オルタナティブスペース(※1)」です。
オルタナティブスペースは全国に点在し展示をする場所として運営されていますが、社会的な認知度や定義付けは美術館やギャラリーに比べて、曖昧なものとなっています。
この記事では、スペースの運営者にお話をうかがい、「スペースを持つこと」「ホワイトキューブとは違ったアートへの介入の可能性」を探ります。
(※1) オルタナティブスペース : ニューヨークで発足した「PS.1 (現:MoMA PS1) 」を先駆けとし国内でも1980年代から徐々に設立され始め、現在でもアーティストの実験的な活動を支援する場として機能している。ほとんどの場合が使われなくなった学校や家などをリノベーションし、個人や民間によって非営利で運営されている。
第1回目は大阪・天下茶屋「山本製菓」代表、池田昇太郎さんにお話をうかがいました。
池田さんは、自身の祖父母が営んでいたおかき工場を、リノベーションすることなくアートスペースとして運営されています。
扉を開けると外の光を遮断したように薄暗く、昔使われていた錆びた機械が2・3台置かれた広い屋内と屋上に作品が展示されていました。
どのような経緯や意図で空間ができていったのでしょうか。
ー山本製菓というスペースを作ったきっかけや経緯を教えて下さい。
ここはもともと祖父母が住んでいて、おかき工場を営んでいました。
僕は二年程外国でずっと旅を続けていたのですが、祖父母が倒れて一度帰って来てここに一緒に住んで看病していて、しばらくして二人とも亡くなって、初めは色々考えたけど貯金も残っていて、旅している状態がもうほとんど日常だったのでまた海外に出ました。その時もインドと東南アジアに八ヶ月程いましたが、お金も無くなってきてなんとなくこのままどうするのかなと思って。一緒に旅をしていて今も運営している岡島とここに帰ってきました。間借りで住むうちにこの場所が「いいな」と思えるようになってきて。その時今一緒に運営している井上と再会して、彼も「面白いから何か一緒にやりたい」と言ってくれました。それですぐにDJの機材などを持ってきたのがきっかけです。
僕が住む前は一年くらい誰も住んでいなかったので、いない間に結構朽ちてたり、モノで溢れてて、近所の人からの預かり物とかもあったから。使えるところで遊んだりしているうちに、本腰入れて三人で夏の暑い中掃除しました。2階の床も真っ黒だったので。
初めのうちは国内外の友人が遊びに来たり、旅の初めで出会ったベトナム人の作家、トラミン・ドゥックが長崎のレジデンスに参加するために来日したタイミングで2週間滞在してもらったりしました。
ー山本製菓のスペースとしてのテーマは何でしょうか。
もともとのテーマが「場所をリノベーションしないこと」です。「再生」ではなくて、場所はそのままで時間とともに朽ちていくだけ。
名前もおかき工場の時のままで使っています。場所は変わらずに入ってくる人が変わっていくだけ、というのが初めのコンセプトです。実際的なことだと「お客さんと作家/ギャラリスト」といった関係にもあまり興味がないので、その境目を無くすようなことがしていきたいです。
僕の中にどこかでアートシステムへの懐疑心があると思います。やればやるほど、ギャラリストのような事は全然できないと感じるんですが、かといって作品について聞かれて「わかりません」とは言いたくないので、僕らなりに作品との適切な距離感を持ちたいなと思っています。
ースペースのコンセプトはお二人のメンバーの方と共有されているのでしょうか。
そうですね、他のメンバーもそれぞれの思いはあると思いますが、基本的には三人で話しながら決まっていったところとか、なんとなく三人で共有している気分のようなものはあると思います。僕一人で決めたこともほとんどないですし。だいたい話している間に「それいいな」で決めて、誰の案やったかは忘れていることも多いです。いま山本製菓で通信紙のようなものをつくる計画をしていて、自分達が考えていることを書きたいと思っています。他の人にもレビューを書いてもらい、代わりに次回展の入場料を頂かないなど、鑑賞者との関係性が生まれる場所になったらいいなと思っています。
ーその辺りも見に来る方との関係を構築するプロセスなのですね。山本製菓さんは、作家さんに展示依頼をするギャラリーとはまた違った場でしょうか。
違いますね。語弊があるかもしれませんが、基本的には作家がこのスペースに来て、何か湧いてきたアイデアを実行出来るのが一番良いと思っているので。
ーオルタナティブスペースの定義は、美術館に「代わる」スペースとイメージしていたので、スペース側の企画メインだと思っていました。
勿論そういったやり方の場所もあると思います。たぶん「箱」のホワイトキューブのオルタナティブスペースっていうのは自分達の企画とか、どういう作家さんと展示していくのかでそれぞれの色をつけていくと思うんです。
でも僕たちはあまりそういった意識をしていません。2年前にやったグループ展( “Poehum”- 2016.1.23 ~2.14開催) には自分も入って制作を進めましたが、作家達がここに3ヶ月間通ってタイトルを付けるところから話し合ってつくっていきました。
僕らは同じコミュニティの人が来てくれそうなことというよりは、全然違うことがやりたいと思っています。その辺がたぶん企画メインのオルタナティブスペースとは違うかなと。
ー作家に声を掛けないというのはルールというか、山本製菓さんの方針なのでしょうか。
特にルールとして決めている訳ではありません。年に一回か二回イベントや展示を自分たち主導で企画するときは、作家や表現者に声をかけたりもします。逆にやりたいことを言ってもらっても、自分たちの面白いと思うところとあまりにずれていたら自然とその話自体が流れてしまうこともあります。当初はレンタルはしたくないと思っていたのですが、長期間の展示とは別の形で相談に応じてレンタルもやるつもりではいます。
ー個人的に、作家からお金を取る貸しギャラリーの運営をすることには疑問を持っています。
僕も初めはそうで、若い作家からお金を取って運営するのはおかしいと思っていました。でも最近は、作家って続けていくものなので、若い時は少々過酷な状況を乗り越えていかなきゃ駄目なんじゃないかなとも考えるようになりました。
場所側としても「タダだから展示がやりたい」と言われたら一番やりがいがないですし。
貸しギャラリーを運営されてる人も経済的な問題でそうされていて、レンタル料を取ることを面白いからやっている訳ではないですよ。
ー突っ込んだ質問になりますが、経済面のやりくりはどうされていますか。
僕たちはみんな他のバイトをしています。この建物自体は家族の持ち物なので、普通にこの規模の物件を借りるよりは全然安いので、だからこそできることはあると思うので、そういうことをしていきたいと思ってますね。
ー助成制度に応募などはされておられないのでしょうか。
今のところはしてないですね。でも今、東京の作家で展示をしたいと言ってくれている方がいますが、その方が制作費について助成金を取る提案をされているので、そういう事があって臨機応変に考えたりはします。
ースペースを運営しているなかで辛いと感じる瞬間はありますか。
作家ともめた時とか。展示が上手くいっても最後の会計の時に気分が下がるとか。
それは入場料を取る前のことで、特に作家にとっては制作費を捻出できないぐらい赤字だったりしました。損得で考えたくないですが、お互いにハッピーじゃないのは嫌だなと思って、入場料を頂くようになりました。
ー入場料はギャラとして作家さんにも入るのでしょうか。以前Facebookで、物々交換も可になさっているのを読みましたが。
入場料は作家と半々にしています。物々交換については、よっぽど金銭のやり取りが嫌だという思想の方で、その人が野菜などものづくりをしている方であればそれを交換するのもアリだということです。逆に、ここを開く前から疑問だったり考えたりしていたことを実験できる場所でもあるので、これからもそういう風な事を考えていきたいです。
ー運営しつつ、実験しつつ試行錯誤を重ねていらっしゃるのですね。辞めようと思うことはないですか。
思わないですね。逆に辞められないというか、続けられる限りは続けたいです。
スペースを将来やりたいなと考えている人は、実際に始めてしまうのが良いんじゃないでしょうか。やり始めたら嫌な事が多い時期も絶対にあるけど、儲からなくても自分で学校を開いて色んな人に教えてもらっているんだと思えば。
ー最後に、山本製菓さんで今後やりたいことやビジョンはありますか。
企画や作家に関わらず、何かやってたら「面白そうやな」って来てもらえる場所にはなりたいですね。
12月に山本製菓で企画するやりたい事がありますが、それはまだ言えません(笑)
ー長時間のインタビュー、どうも有難うございました。
<インタビューを終えて>
オープニングイベントではライブパフォーマンス(「GREY SCALE」 by 近藤さくら、CARRE)が開催されていました。外見・中身共におかき工場を改修せずにそのまま使っているスペースが、池田さんの「中に入る人が変わっていく」という言葉のように、国内外問わず多方面からやってくる人達が、アイデアを展開させているのが印象的でした。
大阪の天下茶屋の昔ながらの商店街や住宅街の中に位置しつつも地域密着型の活動で終わらないのは、池田さんと、共に運営するメンバー達が、スペースのありかたや自分達の考えていること、疑問に思っていることを実験しながら、クリアにしていく過程を重ねていらっしゃるからだと感じました。
オルタナティブスペースには、マーケットやアカデミックな美術批評的な戦略で企画が行われる場所(美術館やギャラリー)とは異なり、「アートとは何だろう」といった素朴な疑問を、作家や来場者と共有しながら実験できる可能性があるのではないでしょうか。
取材先:山本製菓
〒557-0011 大阪府大阪市西成区天下茶屋東2-5-5
<KABインターン>
四方羅麗:現在美術大学4回生。勉強、インターン、大学外での展示の手伝い、制作、貯金等卒業までに欲張ってやりたいことに挑戦しています。
[インターンプロジェクト]
本企画はKansai Art Beat(以下略KAB)において、将来の関西のアートシーンを担う人材育成を目的とするインターンプロジェクトの一環です。インターンは六ヶ月の期間中にプロジェクトを企画し、KABのメディアを通して発信しています