加賀城健 Physical / Flat|前期展 Physical Side

手を動かして出てくる何かを拾い上げたものには、嘘がない

poster for Ken Kagajo “Physical / Flat”

加賀城健 「Physical / Flat」

大阪府(その他)エリアにある
the three konohanaにて
このイベントは終了しました。 - (2017-06-16 - 2017-08-06)

In トップ記事 フォトレポート by Atsuko Nomura 2017-07-04

  
「これは回顧展ではありません。20年余りの制作活動で生まれた作品を見返して再構成しつつ、この先どうして行くべきか、ひとつの振り返り地点にしたいと思っています」

 
大阪市此花区にあるギャラリースペースthe three konohanaで開催されている、加賀城健さんの「Physical / Flat」展は、新作・旧作含めて作家のこれまでの遍歴を代表する作品を、「身体性」と「平面性」という2つの観点からセレクトした展覧会である。ギャラリーでの前期展(2017年6月16日-7月9日)・後期展(2017年7月15日-8月6日)と、ART OSAKA 2017(2017年7月7日-7月9日)での個展形式の新作を中心とした展示という、3種類の企画によって構成されている。

 
加賀城健さんは、学生時代で学んだ染色技法を用いて、工芸と美術のはざまで、ときにダイナミックな、ときに繊細な作品を制作する作家である。前期展の「Physical Side」において、ひときわ目を引くのは、ギャラリーの角を利用して展示されている、長さ5メートルの作品《Discharge-かみなりおこし》。この作品は、布の端にどっしりと糊を置き、大きなスキージー(スクリーン印刷等で使用されるヘラ状の道具)で布の上に緩急をつけて伸ばすことで、糊が脱色止めの役割を果たし、脱色後に作家の身体の運動が痕跡となって残るという作品である。

 

 
一方で、本展では、制作時に発生した小さな端切れを貼りこんで、ミニチュアの風景のように見立てた、およそ5〜10センチ四方の《展覧会》シリーズも同時に展示されている。

 

 
このように、加賀城さんの作品は、そのサイズや展示の多様さによって、観客は作品に対してさまざまな姿勢をとるように導かれる。作品を広く見渡す、作品を近くで見つめる、作品を見上げる、作品をのぞきこむなど、観客を自然に促すような誘導は、人間とスケールとの関係性についての加賀城さんの興味の表れでもあり、彼が布をメディアに選ぶ理由でもある。

 
「布はどんな場所でも空間へのアプローチがしやすい。支持体としての布がもつ「可変性」という特徴を利用して、そこでしか展示できない風景をつくることを考えています」

 
「可変性」というキーワードは、彼の柔軟な制作姿勢にも通じている。

 
「最初に狙いを設定するのは、つまらないように思います。そのときどきの状況に応じて自分が手を動かしたことに対して、さらに素材のほうから反応が返ってきて、最終的に自分でも驚くようなものができたらと思っています。だから僕はいつも、『自分がつくった』というよりも、『作品ができた』というふうに思っています」

 
しかしこの作家と素材の一回性の呼応、言い換えれば、完全に制御できない偶然性に光を当てる作品制作は、加賀城さんの学んできた染色という伝統的な工芸の分野では、むしろタブーとされてきた。彼は工芸と現代美術の両方の領域で発表しているが、工芸においては複製可能であることが必須条件とされる点が一番の違いであると加賀城さんは語る。しかし彼は、制作段階での失敗や、二度と再現できない動きにこそ、関心を抱いている。

 
例えば、既成の水玉プリント生地を脱色した作品《Memorandum》では、糊を指で描くことで有機的な図像をつくりだしている。この原始的生物を彷彿とさせる形は、両手で指を動かすと自然とこのような形態になったという。2008年に制作されたシリーズの作品だが、今年本展で再展示を行うに際して、彼はこれらの作品を一部裏返して展示することにした。「裏の現象が表にきているほうが、今の気持ちに合っているような気がして」と加賀城さんが語っているように、2017年現在の彼は「制御できない現象」にますます積極的な意味を見出している。

 

 
《Strokes テント – 分心》は、染める行為を重ねることによってつくられており、テンションがかかった布の三次元性や、光の透過する様子など、他の作品とはまた違う観点の楽しみがある。20代は主要な色を一色に絞って制作してきた加賀城さんだが、30代に入ってからカラフルな色使いに徐々に移行した。それに伴って、絵画と染色の違いを考え始めたという。

 

 
「染色の特徴として、表面は完全にフラットなんですよね。反射するレイヤーよりも、奥にいくレイヤーを見せるようなメディア」

 
このレイヤーの奥行きについては、新作《young views – 希望のうわずみ》でも、布の裏から色を入れたり、複数の色を順に重ねたりといった作業を通じて、加賀城さんは新たな可能性を追究している。ギャラリーディレクターの山中俊広さんのアイデアによって、Physical(身体性)とFlat(平面性)という切り口で、前期と後期に分けられた今回の個展であるが、この2つの切り口は、加賀城さんの作品を単純に分類するものではなく、むしろこれらのテーマによって相互の往来があることが明確になる。

 

 
「料理でいったら、刺身のような作品を作りたいと思っています」と話す加賀城さんの言葉が、彼の制作姿勢を端的に物語っている。素材に向き合い、最低限の手を入れて完成させる料理のように、新鮮さや生の反応を大切にする。「そのときどきに生まれるものに対して、見た人が、勘違い、見立て、そういう美の感覚によってそれぞれに何かを見出してくれるのがおもしろいと思います」。

 
鑑賞者の自由な見方に信頼を寄せる加賀城さんが引用してくれたのは、下記の言葉であった。

 

交換の目的は、「交換を継続すること」なんです。[中略] それは風に吹かれて転がってきたものかもしれないし、誰かがゴミとして捨てたものかもしれない。なんだかわからない。「おや、ここに私に対する贈り物がある」と思い込み、「贈与を受けた以上、反対給付義務がある」と感じた人を基点として、すべて交易が始まった。ここが深いと僕は思うんです。
(内田樹、中沢新一『日本の文脈』 角川書店、2012年、pp.38-39)

 
加賀城さんは、見た人が「これは自分への贈り物なのでは」と思い込んで、そこにそれぞれの意味を発見してくれることを、積極的に歓迎する。「そして自分も、そういう贈り物をされたという勘違いを繰り返しているような気がします。僕の作品を見て受け取ってくれた人がいたというだけで、それを自分がやってきたことの確認にして、またこれからもつくっていけるな、という気持ちにさせてもらえるんです」と彼は語る。

 

どのように制作し、どのように受容されるか。それらに対してしなやかに開かれた彼の思考が、今後の加賀城さんのさらなる可能性を予感させる。作家によって厳密に計算された意図よりも、制作の場で生まれるいきいきとした感覚を大切にする彼の作品を見ると、凝り固まった頭がほぐされるようである。これから始まるART OSAKA 2017と、ギャラリーでの後期展と合わせて、一連の展覧会をぜひ鑑賞していただきたい。

 
【開催情報】

加賀城健「Physical / Flat」
http://thethree.net/exhibitions/4450
 
前期:「Physical Side」
   2017年6月16日(金) -7月9日(日)
   the three konohana
 
後期:「Flat Side」
   2017年7月15日(土) -8月6日(日)
   the three konohana
 
ART OSAKA 2017:「New Works / Extention」
   2017年7月7日(金) -7月9日(日)
   ホテルグランヴィア大阪 6106 号室

 

Atsuko Nomura

Atsuko Nomura . 野村敦子|1983年奈良県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現代美術に関する企画、執筆、翻訳等を行っている。美術作品と美術家がどのように価値付けられ、美術史がどのように形成されてゆくのか、また現代美術に関わる経済システムには今後どのような可能性があるのかなど、美術と経済の問題について関心を抱いている。 ≫ 他の記事

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