皆藤 齋「ジャングル-7,000,000」|MORI YU GALLERY

700万円の賭け金を賭けて現代アートの世界をサバイバル

poster for Itsuki Kaito “Jungle – 7,000,000”

皆藤齋 「ジャングル-7,000,000」

京都市左京区エリアにある
MORI YU GALLERY KYOTOにて
このイベントは終了しました。 - (2017-08-05 - 2017-08-22)

In トップ記事小 by Atsuko Nomura 2017-08-21

 
人に注目されたい、魅力的な人間だと思われたい、尊敬されたい、社会的・経済的に成功したい。現代の私たちはそういった欲望を抱えつつ、ときには自己演出することで我欲をカモフラージュし、ときには意識下に抑圧しながら、日常生活を滞りなく過ごしている。皆藤齋さんは、そういった人間のエゴイズムやナルシシズムを屈託なく暴露し、道徳性のヴェールの下に隠された恍惚や危うさを描く。

 
本展は、京都市立芸術大学大学院に在学する皆藤齋(かいとう いつき)さんの初個展となる。現在修士2年に所属している彼女は、学部時代と合わせて700万円の奨学金返済を抱えている。700万円が高いか安いかは人それぞれであるが、芸術家のキャリア形成初期において、高額な学費を負担することを強いられているのが、現在の日本の芸術家育成システムの実情である。この「700万円の借金」をきっかけに、本展は構想された。

 
皆藤「今の日本では、アーティストの評価において経歴がものを言いますよね。では、アーティストとして正当に評価される権利を得るための芸術大学が、700万の価値があるのか。今回初めての個展を行うにあたって、これが多額の学費の成果ということになるけれど、アカデミックな教育のおかげでこれができたかっていうと、そうではないんじゃないか?っていう反発心があって」

 
しかし、皆藤さんは決して現状に悲観しているわけではない。芸術の道を志しているうちに振り向けば完成されていた背水の陣として、逃げ場のないこの状況を積極的に楽しんでいる。

 
皆藤「もう時間もお金も費やしてしまっている、ある意味ギャンブルにもう賭け金を賭けてしまっている状態ですよね。それって、悪くないなって。もう後戻りできないことで、かえって自分を鼓舞できるというか。むしろこの状況にワクワクしています」

 
現代美術作家としての未来を選んだために背負った逆境は、現代美術の場で撥ね返す。本展はその覚悟の表れでもある。

 
《ジャングル -7,000,000》シリーズについて

会場奥に展示されている《ジャングル -7,000,000 I》と《ジャングル -7,000,000 II》は、サバイバルを暗示するジャングルを背景として描かれた対の作品である。「SAD MONEY(悲しいお金)」と書かれた絵の具、現金が武器に変化するモーション、宙に浮く多数のキッチュな目、そして中央の札束の上には、糞便。

 

 
皆藤「糞は、私がよく使うモチーフなんです。ハイヌウェレ神話というインドネシアの神話があるのですが、この物語からは、”排泄された糞=宝物が大地を傷つけたところから農業が始まり、その瞬間から世界はもう元に戻れなくなる” という暗喩を見出すことができます。今回のヤシの木のモチーフもここから着想を得ています」
 

※ハイヌウェレ神話……ココヤシの花から生まれたハイヌウェレという少女は、大便として宝物を排出することができる。ハイヌウェレは人々に気味悪がられて殺されるが、父親がその死体を掘り起こして細かく切断して埋めたところ、その死体の後には様々な芋が生育し、人々の主食となったという神話。世界各地に見られる食物起源神話のひとつである。

 
札束を嘲笑するかのようにどっしりと垂れる、排泄物でもあり宝物でもある糞便。露骨なスカトロジー表現に一瞬驚かされるが、かつてはピエロ・マンゾーニが自分の排泄物を缶詰にして《芸術家の糞》と名付け、純金と等価で販売したように、「糞」と「金」とが作品内で呼応する皆藤さんの手法は、むしろ現代アートの文脈を正統に受け継いでいると言える。

 

 
その他にも、「SAD MONEY」や、現金、刃物、拘束具など、彼女の作品には繰り返し登場するモチーフがいくつか存在する。しかしそれらは、常に特定の暗喩を示しているのではなく、作品ごとに別の意味が与えられている。一環したコンセプトやメッセージを伝達することよりも、作品や作家自身が物語性を備えた存在であることを、彼女は重視している。

 
「ところでこの絵の具(《ジャングル -7,000,000 I》参照)、LIQUIDって書こうとして綴り間違ってるんです。バカっぽくて良くないですか?」と愉快そうに話す皆藤さん。英語の綴りを間違えた偶然を肯定する彼女は、意図しない失敗を受け入れることを躊躇しない。知的な構想によって緻密に整えられたものよりも、一見稚拙に見える発想、誰でも思いつくけれど普通は作品にしようとは思わないことに、一種の愛着と敬意を示す。

 
皆藤「アートの世界において、賢いことって普通です。頭悪いもののほうが、かっこいいし、びっくりするじゃないですか。賢そうなものに対するシラケっていうのかな、それはもしかしたら私の世代的なものかもしれません」

 

 
 
デジタルネイティブとしてのリアリティ

9歳からイラストレーターやフォトショップを使ってCG作品を制作してきた皆藤さんは、「インターネットに投稿して、感心されたり驚かれたりするのが好きだった」と語る。オンラインで「見られている」ことが自然な環境で育ってきた彼女は、その投稿の動機でもあるナルシシズムをこれまでも扱ってきた。

 
成人になってからSNSが発達してきた世代の自己承認欲求よりも、もっとエゴイスティックでライトな感情が、彼女とインターネットを結びつけている。自分の絵画がインスタグラムでどのように映るかを常にナチュラルに想定しているのが、彼女のリアリティなのである。

 
また、絵筆よりもペンタブを握っている時間のほうが長かった皆藤さんにとって、油彩とキャンバスといういわゆる伝統的な素材は、非常に新鮮な魅力をもって映るという。

皆藤「CG的な発想が先にあるので、レイヤーを重ねたりコラージュしたりっていう描き方をしている気がします。でも、CGでは、テクニックがあれば奇跡は起こらないんです。油絵の具だと、思いがけない奇跡が起こる。私が大きなキャンバスを好むのも、ディスプレイよりもずっと大きな画面で描くのが楽しいから」

  
皆藤「人々はデジタルイメージに慣れてしまった分、アウラの受け止め方はむしろ深くなったんじゃないでしょうか」

1936年にヴァルター・ベンヤミンが著書『複製技術時代の芸術』において優れた芸術作品に備わる「アウラ」とその喪失を論じてから80年以上が経った現在、デジタルイメージの洪水にすっかり慣れた私たちにとって、一点ものの芸術作品の鑑賞体験はこれまでになく特別なものとなりつつある。

皆藤「だから逆に今、ペインティングが最もおもしろいと思っています」

 
有象無象がうごめくジャングルである美術界を、シニカルなユーモアを携えて軽やかに生き抜いていく覚悟を込めた、今回の初個展。「自分は常に追う側、負けている側であるという意識があるんですけど、弱い側には弱い側の戦い方があるんじゃないかって思うんです」自らの弱さを武器に転じて現代美術に切り込む皆藤さんの姿は、美術関係者のみならず、社会的呪縛にとらわれたあらゆる現代人に勇気を与えることだろう。既存の秩序を破る次世代のトリックスター的存在として、彼女の今後の活躍が期待される。

 

 
【開催情報】
皆藤 齋「ジャングル-7,000,000」
会期:2017年8月5日(土) – 8月22日(火)
会場:MORI YU GALLERY 〒606-8357京都府京都市左京区聖護院蓮華蔵町4-19
http://www.moriyu-gallery.com

Instagram https://www.instagram.com/kaito_itsuki/
tumblr http://kaito-itsuki.tumblr.com
Twitter https://twitter.com/kaito_itsuki

 

Atsuko Nomura

Atsuko Nomura . 野村敦子|1983年奈良県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現代美術に関する企画、執筆、翻訳等を行っている。美術作品と美術家がどのように価値付けられ、美術史がどのように形成されてゆくのか、また現代美術に関わる経済システムには今後どのような可能性があるのかなど、美術と経済の問題について関心を抱いている。 ≫ 他の記事

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