田中 真吾「Expect The Unexpected」|eN arts

作為と偶然の間に存在する豊かなグラデーションの探究

poster for Shingo Tanaka Exhibition

田中真吾個展

京都市東山区エリアにある
eN artsにて
このイベントは終了しました。 - (2017-09-01 - 2017-09-30)

In トップ記事小 レビュー by Atsuko Nomura 2017-09-17

京都祇園の八坂神社の北側にひっそりと佇む現代美術ギャラリー、eN arts。こちらのギャラリーでは、2017年9月1日(金)から9月30日(土)まで、田中真吾さんの個展「Expect The Unexpected」が開催されている。

田中真吾さんは、大学在学中から一貫して、制作の中心に「火」を据えている美術作家である。彼は、燃焼や溶解といった作用を通じて、火が根源的に持っている魅力や危うさなどの多彩な表情や、炎や熱、煤、焦げ跡などの痕跡の造形性を探究している。

本展はeN artsにおける田中さんの8度目の個展となる。昨年のこのギャラリーで開催された個展「meltrans(melt 溶ける+trans 超える)」展で披露された、鉄板に溶解されたビニールを定着させる作風を引き継ぎながらも、本展ではさらに素材感が薄れ、ドットやボーダーなどの絵画的な構成によるシリーズが中心となっている。

例えば《meltrans #027》では、ビニールをランダムに並べて溶かすことで、ドットに全面が覆われた画面をつくりあげている。支持体となる鉄板が熱されることによる酸化鉄の黒さと、溶解したビニールの銀色と青色が、視覚的な奥行きをもたらしている。さらに、火の作用による鉄板の歪みがともなって、平面でありながらも立体作品ともいえる層の重なりと複雑な光の反射を見ることができる。

展覧会タイトルの「Expect The Unexpected」には、「予期していないことを期待する」という意味が込められているが、この言葉に表されるように、田中さんの作品は常に、作者の意志と予測できない偶然性の狭間で揺らぎながら生成されている。

田中「一貫して言えることは、僕の作為と、どうしようもなく火が引き起こす現象のバランスを、作品のどの辺りに置くかというのが、僕にとって常に課題になっているということです。『こうしたい』という意図と『こうなってしまった』という現象の間にあるグラデーションの豊かさの中で、どこから自分の手を離していくか、ということを考えています」

上記の「meltrans」シリーズを制作している過程で、「薄い鉄板にバーナーを当てているときに、鉄の歪みだけを見せたい」と考えて制作されたのが、顔料なしで鉄板と火だけでつくられた「meltrans – warp」である。これらの作品では、一枚の鉄板が炎によって色彩と形態を変えてゆくさまを純粋に堪能することができる。

田中「今回最大の作品《meltrans – warp #036》は、鉄板にバーナーで丸4日間ずっとあぶり続けてつくった作品です。鉄板が自然な湾曲によってできる起伏や陰影、火を当てたときの鉄の変性によって表れる黒、銀、青の斑点模様を、絵画的に構成しました」

他方、「meltrans」シリーズから派生した「meltrans – melt」では、支持体すらもなくなり、ビニール素材が釘1本で支えられて、火の作用で自由な形に溶解している。実はこれらの素材は、ショッピングバッグであるという。前回のシリーズまでは、市販の単色のビニールで制作していたため、足りなくなれば買い足してその色を追加することができる。しかし今回は、作家やその友人らが買い物の際にもらったショッピングバッグを使用している。

田中「そこに使われている色は、僕らの日常を彩っている色だけれど、普段は意識から外れている。ショッピングバッグを素材にすることで、そういう色を顔料のようにして使うことになります。ロゴやキャラクターも、バーナーで燃やすことによって、輪郭がつぶれて色彩に変わっていきます」

また、人からもらったショッピングバッグは数に限りがあるため、同じものを追加できない。その制約がかえって心地よい、と田中さんは語る。

田中「ここでこの色を使いたいと思っても、そのショッピングバッグを違う作品に使いきってしまったら、もうそこには使えない。無ければ、違うもので代用していくしかない。事前にテストしていく余裕もないので、ぶっつけ本番で燃やしていくから、思いがけない収縮の仕方をしたりもする。そこには自分の意図ではどうしようもならない部分が含まれてきて、偶然の色彩や組み合わせを瞬間的につくっていくという感じです」

これまでさまざまな形で火を扱い続けてきた田中さんだが、キャリアの初期では制作にあたって、このように作っていこう、という意図が明確にあったのが、だんだんと偶然性や予期しないものの到来を歓迎するようになってきたという。

田中「人間の歴史というのは、火を制御することで築かれてきた歴史であるといえると思いますが、一方ではたして本当にそうだろうかという気持ちがずっとあって、社会の現状を見ていても、やはり現在でも制御できていないのではないかと。だから、自分が火を使用して作品をつくるときに、望むと望まざるとに関わらず、こうすればうまくいくという技術が身についてしまったとき、火の『制御できなさ』という性質が失われていくのでは、という危惧がありました」

「制御できなさ」をどのバランスで置くかということに関心を抱く田中さんは、近年さまざまな素材を使用することで、火で燃やしたときの予測できない反応を楽しんでいる。その瞬間にしか生まれない色や有機的な形は、再現不可能であり反復を拒否するため、作家は制作過程において常に火との躍動的な対話を迫られる。鑑賞者が目撃するのはその痕跡でしかないが、それにもかかわらず、溶けたビニールや熱された鉄は、かつてそこにあった炎の熱さを否応なしに私たちに想像させる。

田中「自分でも最終的にどういう形になるかわからない中でやりながら、その行為の積み重ねの結果として現れたものが、自分の意図を超えた驚きを与えてくれる。そういった偶然をどこまで許容し、作者の意志とはどこまで介入し得るのかを考えつつ、作為と偶然のせめぎ合いのバランスを探っています」

火という原初的な現象を取り扱いながらも、そこで提起されているのは、美術作品における作者の意図の問題や、鉄やビニールといった産業素材の新たな表情の発見など、きわめて近代的なテーマである。しかしコンセプチュアルなアイデアに流されることなく、あくまで思考と実践の往来の中で独創的な制作活動を続けている田中真吾さん。彼の意欲的な最新作を、ぜひこの個展で鑑賞されることをおすすめしたい。

 
【開催情報】
田中 真吾「Expect The Unexpected」
http://en-arts.com/portfolios/expect_the_unexpected_jp/

会期:2017年9月1日(金) – 9月30日(土)
開廊日時:金・土・日 12:00-18:00
会場:eN arts 〒605-0073京都市東山区祇園町北側627円山公園内八坂神社北側
 

Atsuko Nomura

Atsuko Nomura . 野村敦子|1983年奈良県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現代美術に関する企画、執筆、翻訳等を行っている。美術作品と美術家がどのように価値付けられ、美術史がどのように形成されてゆくのか、また現代美術に関わる経済システムには今後どのような可能性があるのかなど、美術と経済の問題について関心を抱いている。 ≫ 他の記事

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