Stone Letter Project - 石からの手紙 #1

リトグラフ=石(の)版画であること

In トップ記事小 レビュー by Chisai Fujita 2017-11-16

このご時世、「版画」について考える人は、どれぐらいいるだろうか。直接紙やキャンバスに絵具を塗る絵画とは違い、板を削ったりインク等を盛るとはいえ彫刻ではない。インクを塗った支持体を紙に写し取る、ということ、主に木版画、銅版画、石版画、シルクスクリーンの4版種に分かれていること、出来上がりまでの制作プロセスは秘伝のラーメンを作ることより複雑であることは、版画の基本情報である。本記事の読者も「それぐらいは知っている」と思うだろうが、果たしてそうだろうか。今回私は本記事を通じて、この展覧会、版画、リトグラフについて考え直す一石を投じたい。


■展覧会「Stone Letter Project - 石からの手紙 #1」について

「Stone Letter Project - 石からの手紙 #1」は、4人のアーティストから成るグループ「Lighter but Heavier」が企画した展覧会である。

展覧会会場は1つの部屋であるが、内容は大きく2つに分かれている。1つは、床に並べられたリトグラフを刷るための石。ほとんどが京都市立芸術大学の倉庫にあったもので、37年前に大学が現在の京都市西京区に移転したときに運ばれたときのままの石、という。それらはかつて日本専売公社京都工場で使われていたもので、版である石には、たばこ等のラベルのデザインや業務で使う書類のデザインが残ったままで、会場に並べられた石ひとつひとつを見ているだけでも、とても面白い。

もう1つの内容は、壁に張られた版画作品である。石の中でも図像が残っていないようなものなどを選び、それらを現代の、主に版画をしているアーティストや学生に配り、図像を描いた後、Lighter but Heavierのメンバーが刷ったものである。100人以上のアーティストや学生が参加し、それぞれ異なる図像を楽しむことができる。これら版画作品には、普段は付けない「ストーンマーク」と呼ばれる、写し取った(展示されている)紙に版である石の輪郭跡を残してある。

この2つの内容から分かることは、リトグラフ(を石で刷ること)は約40年前にその全盛期があり、2017年の今となって改めて日の目を見た、ということであろう。

■「Lighter but Heavier」について

2016年、名古屋での展覧会をきっかけに、アーティスト片山浩、衣川泰典、坂井淳二、田中栄子の4人のアーティストにより結成。彼らがリトグラフについて考察し、新たな展開を試みていたところ、今年2017年夏、京都市立芸術大学の倉庫にあった石のことを知った。その石を倉庫から出して洗浄した上で、日本各地の研究者も含めてリサーチを行い、同時に本展覧会の企画および制作までを手掛けてきた。

■この展覧会から見えてきたこと

この展覧会をただ眺めていれば、石に残った図像や壁に張ってある紙の図像についてだけ興味を持てばいいだろう。実際この展覧会では、フランスの有名なグラフィックデザイナーRaymond Loewyが手掛けたたばこ「Peace(ピース)」のデザインが残った石のような貴重な図像がいくつも並んでいる。しかしよく冷静にこの展覧会を見るとき、そんな上っ面な、表面的な図像の良し悪しではない、いくつもの問題点を提示していることに気が付くはずだ。

・2017年現在(の)美術において、技法や素材とは何か、ということ

刷られた紙が版画であり、作品であるとき、この石はあくまで素材である。つまり、使ってなくなる消耗品であり、前に描いた図像を消して、新たな図像を描くために使いまわす材料でもある。この石自体に貴重性があるなら、材料として使うことはできない。さらに現在のリトグラフでアルミ板を使っているのは、石の重さや手間の掛かる扱いのせいで、アルミ板に置き換わってしまった。そのアルミ板でさえ、取り扱う業者やアーティストが減っている今日この頃、果たしてリトグラフという技法が残っていくのか、残す必要があるのか、2017年現在(の)美術やアートシーンにおいて、新しいことに取り組むことを求められるものであれば、今さら石でリトグラフを刷る必要もあるのだろうか。

・保存、管理、多くの美術関わる人がよく使うアーカイブという言葉

私が2010年に人間文化研究機構国文学研究資料館のアーカイブズカレッジに通った際、アーカイブは「蔵出し」、蔵から出したものがどのような形状で、どの場所にあったかを記録することから始まる、と習った。しかし今多くの美術関係者が言うアーカイブは、「蔵出し」よりも、蔵出しされた資料等のごく一部に対して歴史を作り、キュレーターや研究者の自論が語られるような意味になっている。もし美術でいうアーカイブがそういう意味であれば、誰が石やリトグラフについて語るのか、はもちろんだが、この石、石から読み取れる美術史、デザイン史、図像の内容について、誰が、どう、検証していくのだろうか。まずは過去のこと、つまり、この石がどこから来て、どこの所蔵で、図像が描かれた当時どのように使われたか、そして未来のこと、つまり、この石は誰が保存して、どのように活用していくのかという「蔵出し」をきちんとした上でないと、何も論じることはできないのではないか。

・展覧会企画におけるキュレーターの存在とその不在

この展覧会は、キュレーターが不在である。アーティストたちだけで企画・運営し、そのメンバーが勤める大学のギャラリーを会場としている。内容も、多くのアーティストと協働することも明示され、作品を並べるだけの展覧会ではない。キュレーターが自論に沿ったアーティストを選んで展覧会をすることをキュレーションと呼ぶならば、果たしてこの展覧会に、キュレーターおよびキュレーションは必要であろうか、必要であっただろうか。アーティスト自身が抱える問題点や課題を、自分ごとのように理解しているキュレーターはいるのだろうか。


・版画は美術の一ジャンルか、刷られたものはデザインか、印刷か

上記の写真のように、石に残された図像は「デザイン」と呼ばれるものであるが、展示会場の壁に張られた作品は「美術」と呼ばれるものである。さらに「デザイン」として残っていても、刷られたものは「印刷」であり、「美術」として刷られたものは「美術作品」である。こうしたジャンルの横断が版画の場合は起こり、それぞれのジャンルでの研究や研究テーマは異なるはず、と考えるとき、版画とは一体何者なのだろうか。

こうして考えていくと、この展覧会が上っ面な、表面的な図像を並べた、ただの版画展ではないことは一目瞭然である。しかし今回の主旨が、果たして展覧会というフォーマットが適していたのだろうか。もっと違う提示もあるかもしれないし、そうなるとアーティストやそれ以外の人たちのすべき役割をきちんと分担し、多方面から検証、記録をしていくことの必要性にも気付かされるだろう。たまたま私は、この展覧会開催の前からLighter but Heavierの活動を知っていたこともあり、本記事を通じて展覧会紹介、伝達、あるいは展覧会の記録という立場で、この展覧会に関わろうと思う。本記事の読者は、何を、どう考えただろうか。この展覧会は、もちろん今のアートシーンでは、ごくごく一断面に過ぎないだろうが、石の重さぐらい考えさせられる内容は重い。そして「石からの手紙」という展覧会タイトルにある通り、石(の)版画から鑑賞者(あるいは参加するアーティスト)に対して、「あなたはどう版画やアートと関わりますか?」という再確認の手紙を送られているように感じた。

【展覧会名】Stone Letter Project - 石からの手紙 #1
【会場】宝塚大学 Gallery TRI-ANGLE
【会期】2017(平成29)年11月6日(月)~11月30日(木)
【公式サイト】http://www.takara-univ.ac.jp/zoukei/event/2017/10/-stone-letter-project-1.html

Chisai Fujita

Chisai Fujita . 藤田千彩アートライター/アートジャーナリスト。1974年岡山県生まれ。玉川大学文学部芸術学科芸術文化専攻卒業後、某大手通信会社で社内報の編集業務を手掛ける。5年半のOL生活中に、ギャラリーや横浜トリエンナーレでアートボランティアを経験。2002年独立後、フリーランスでアートライター、編集に携わっている。これまで「ぴあ」「週刊SPA!」「美術手帖」など雑誌、「AllAbout」「artscape」などウェブサイトに、展覧会紹介、レビューやインタビューの執筆、書籍編集を行っている。2005年から「PEELER」を運営する(共同編集:野田利也)。鑑賞活動にも力を入れ、定期的にアートに関心の高い一般人と美術館やギャラリーをまわる「アート巡り」を開催している。また現代アートの現状やアートシーンを伝える・鑑賞する授業として、2011年度、2014年度、2015年度愛知県立芸術大学非常勤講師、2012年度京都精華大学非常勤講師、2016年度愛知県立芸術大学非常勤研究員、2014~ 2017年度大阪成蹊大学非常勤講師などを担当している。 写真 (C) Takuya Matsumi ≫ 他の記事

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