ここ最近、アートフェアや芸術祭が日本各地で開催されるようになり、気軽にアートを楽しむ機会が増えてきた。半面、アートシーンでは美術館を中心にその揺り戻しがきているといわれている。現在、国立国際美術館で開催中の展覧会「エッケ・ホモ 現代の人間像を見よ」も、その傾向のひとつといえるだろう。アートは楽しい面白いだけじゃない、既存の認識を塗り替えたりするような力や、世界の見かたを変えてしまうくらいの破壊と創造の営みという側面があり、アートの奥深い部分にもう一歩踏み込んでみてほしいということなのだ。このポイントと各章の背景を押さえておくと、なぜ今この展示なのかが見えてくる。主に第2次世界大戦後に制作された約100作品を大きく3章に分類し構成された本展では、この約70年、芸術家たちによる人間表現がどのようなものであったか探ることができる。
第1章
まず、第1章「日常の悲惨」では、戦争を体験した国内外の作家たちが多く取上げられている。彼らが描くものは、戦後の後遺症や戦争によって混乱した社会の中で生きていくのに必死だった人々の不安や焦燥・悲哀・怒り・絶望・出口のない叫びである。
日本の疲弊した国内経済が、朝鮮戦争(1950~1953年休戦)の特需景気によって回復に転換するまでの数年間、人々は基本的な生活物資を配給に頼るしかなかった。終戦から約10年、ようやく高度経済成長期に入り本格的な回復が始まる。経済性・合理性・機能性が重視され始め、家庭や地域との繋がりが希薄化、共感性や思いやりの心が薄れ始めたといわれるのもこの頃からである。経済偏重が生み出す社会の歪みを描写した池田龍雄、工藤哲巳、吉仲太造の作品からも、その根深さが伝わってくる。
第2章
次に、第2章「肉体のリアル」では、肉体をテーマにした主に90年代以降の作品が中心となる。90年代、国内において戦争はすでに過去の時代のものとなり、サバイバルの時代を脱したことで、自ずと意識は自分自身に向かいはじめ、外面的・内面的にも存在の意義を問い始めた。それは芸術家達にとっても例外ではなかったといえるだろう。
両足両義足の女性が歩く・座る・足を組むなど一連の動作をする映像の小谷元彦、元ハンセン病の患者の顔面を鉛筆で描いた木下晋、自身の身体をカンバスとして使い整形手術パフォーマンスを記録したオルラン、太った女性の裸体を撮影したローリー・トビー・エディソンなど。
インパクトの強い作品が多く、その分自分自身の身体を再認識させられる。肉体にはすべての記憶が刻みつけられる、肉体の存在は生きることそのものに他ならないのだ。
第3章
そして、第3章は「不在の肖像」。資本主義・民主主義・個人主義を基調にした自由な諸個人が形成する開放的社会といわれる現代。一方で、国家・経済・環境・情報などさまざまな分野でグローバル化が進む中、一個人においてはアイデンティティ(≒自分らしさ)の再構築が必要とされ始めている。なぜなら、古いパラダイムや社会でしか通用しないアイデンティティでは(古い既成概念や価値観、あるいは組織や企業、環境などに自分を預けたままでは)、21世紀を生きることが難しくなってきているからである。
背景のない左右対象の白い枕を描いた小林孝亘、死者のための枕をシルクオーガンジーで作った内藤礼、空中に古着が浮かぶオノデラユキの写真、複数の人の写真を重ね一人の人間像を浮き上がらせた北野謙など。この章では個人の存在を虚無化したような作品や、人間不在によって改めて人間像を問い直すような作品が多く見受けられる。
最後に、島袋道浩の阪神淡路大震災の際の記録写真「人間性回復のチャンス」が展示されていた。震災直後、大変な状況の中互いに助け合っていた人々の姿は、町が落ち着くに連れ消えていった。展覧会の導線は、第3章を見る際、また第1章の「日常の悲惨」の一部を見るようになっている。第3次世界大戦を示唆しているのか、それとも内なる戦いが人々の心の中にすでにあるということなのか。平穏な日常生活で、言葉を掛け合い、手を繋ぎ合い、尊重し合うことができたらどんなにいいだろう。何気ない日々が、実は特別で奇跡の連続なのだと実感できればどんなに素晴らしいだろう。大切なものを失う前に、取り返しがつかなくなる前に、気がつくことができたのならば、どんなにいいだろうか。
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「エッケ・ホモ 現代の人間像を見よ」
【会場】国立国際美術館
【会期】2016年1月16日(土)~3月21日(月・休)
【時間】10:00~17:00 、金曜日のみ~19:00(入場は閉館の30分前まで)
【公式サイト】http://www.nmao.go.jp
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【KABlogライター】
黒木杏紀 兵庫県出身。広告代理店にてアカウントエグゼクティブとして主に流通業を担当、新聞・ラジオ・テレビ・雑誌などのメディアプロモーション、イベント・印刷物などを手掛ける。神戸アーバンリゾートフェアではイベントディレクターとしてフェア事務局に赴任。その後、10年間心理カウンセラーのかたわら、ロジャーズカウンセリング・アドラー心理学・交流分析のトレーナーを担当。神戸市 保険福祉局 発達障害者支援センター設立当初より3年間カウンセラーとして従事。2010年よりフリーランスライターとして、WEBや雑誌の編集・インタビュー・執筆などを手掛けた後、現在は美術ライターとして活動。アートの世界のインタープリターとしての役割を果たしたい。