青磁は青かった

台北故宮博物館所蔵の汝窯青磁の名品が到達した空の青

poster for Northern Song Ru Ware Narcissus Basins – Treasured Masterpieces from the National Palace Museum, Taipei

特別展「台北 國立故宮博物院 -北宋汝窯青磁水仙盆」

大阪市北区エリアにある
大阪市立東洋陶磁美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2016-12-10 - 2017-03-26)

In レビュー by KABlog 2017-03-08

大阪市立東洋陶磁美術館で特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」が開催されている。今回の展示では、台湾故宮博物院が所蔵する青磁の名品中の名品「青磁無紋水仙盆」をはじめ計5点の青磁水仙盆を見ることができる。これらの作品が同時に海外に出品されるのは初めてとのことだ。

東洋陶磁美術館は地味な美術館ではあるが、安宅コレクションを中心とした素晴らしいコレクションを有している。所蔵の「油滴天目茶碗」(国宝)は、静嘉堂文庫が所蔵する「稲葉天目」(国宝)のような雅こそないが、静かな色彩の中に混沌をたたえる名品だ。

さて、東洋陶磁美術館の常設展では、青磁のコレクションも多数展示されている。中でも「飛青磁花生」(国宝)は生きているうちに必ず見ておきたい。この作品を見ても分かるのだが、青磁は青いというよりは緑色に近い。勾玉をイメージして頂くとよい。淡く透明感のある緑を前にすると、青磁が宝石にも匹敵する美として愛でられてきたことにも納得できる。

だから、わたしは青磁について語るとき、「青磁は緑色だ」と言ってきた。しかし、東洋陶磁美術館で「青磁水仙盆」を見て東京へ帰還したわたしは、以下のように言わなければならない。

「青磁は青かった。」

これは、もちろん初めて宇宙を有人飛行したユーリイ・ガガーリンが地球に帰還したときの言葉である。ロシア語からの翻訳の正確性を疑われるこの言葉を引いたのには理由がある。わたしたちが「青磁水仙盆」を見るとき、文字通り宇宙から地球を眺めたときと同じ現象を見ているからだ。

青磁の色は釉薬によって出るのだが、正確にどのような色になるのかは予想できない。したがって、窯の中の偶然に任せるしかない。そして、窯の中で釉薬に気泡が入ることによって、焼き上がりの色が決まる。青磁に到達した光は、釉薬や、その中に含まれる小さな気泡に当って散乱する。そして、緑色や青色に見える。同じように、太陽光が空気中の粒子や水蒸気によって散乱するため、空は青く見える。つまり、青い空と同じ現象が、青磁の肌理として現れているのだ。

この青は完全な無作為によって生み出されたものではない。名も無き陶工たちは、明確に空の青を目指していた。

もともと青磁は後周の皇帝・世宗柴栄が「雨過天青雲破処」の色の磁器を目指すように命じて制作が開始されたものだった。雨が過ぎて、雲の切れ間に、青い空が現れる。その青を目指して制作されたものの中の最高傑作が「青磁無紋水仙盆」だったのである。そこには、貫入(ひび割れ)は全くない。空を見上げるのではなく、空の色を見下ろすとき、天上人たる皇帝は、まさに自らの手中に世界をおさめていることを実感しただろう。

しかし、凡人の中の凡人であるわたしには、そのような感覚を持てる才覚があるはずもない。ただただ、呆然と空の青を見下ろす。ガガーリンはどんな気持ちだったろう。わたしは間違った翻訳に頼って、間違った想像力を働かせているのかもしれない。しかし、それもまた一興。凡人には凡人の楽しみがあるのだ。

このテキストを読んで頂いている凡人の皆様も、もしかしたらいるかもしれない天上人の御方も、ぜひ人間が手にした空を見て欲しい。

「見回しても神はいない。」

しかし、たまには、神が見えることもある。

(ライタープロフィール)
花房太一 : 1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。
個人ウェブサイト:hanapusa.com

【開催要項】
特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」
http://www.moco.or.jp/exhibition/current/?e=366

会場:大阪市立東洋陶磁美術館 展示室J
会期:平成28年12月10日(土)~3月26日(日)
休館日:月曜日(12/19、平成29年1/9、3/20は開館)、1/10(火)、3/21(火)、
開館時間 午前9時30分~午後5時
(平成28年12/16(金)~12/25(日)は午後7時まで開館、入館はいずれも閉館の30分前まで)
観覧料:一般1,200(1,000)円、高校生・大学生700(600)円
※( )内は20名以上の団体料金
※中学生以下、障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名を含む)、大阪市内在住の65歳以上の方(要証明)は無料

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