個人的な話から始めたい。昨年度、愛知県立芸術大学の研究員として、「メディアアート文化史」のリサーチを行っていた。関係者へのインタビューの中で、よく、幸村(こうむら)真佐男という名前がよく挙がった。先日私は名古屋のN-markへ行った時、10月9日まで西脇市岡之山美術館で行われている幸村真佐男の展覧会ポスターを見た。幸村さん、一体何者だろう?私はさっそく西脇市岡之山美術館へ向かった。
単線のJR加古川線で、山や田畑を越えていくと「日本へそ公園駅」がある。西脇市岡之山美術館は、その駅の向かいにある。1本電車を乗り過ごすと次の電車まで数時間待たなければならないが、私はその不便さよりも、美術館や展覧会がとても面白く、行って良かったと思う。
美術館のドアを開けるといきなり、上(展示室)と下(事務室)に行ける数段の階段があって、私はびっくりした。磯崎新が1984年に手掛けた建築のせいだろうか、異空間にいるような気持ちになってしまう。階段を上がって展示室は、電車の車両をイメージしたそうで、3つの展示室、それらを接続する吹き抜け空間がある。
最初の空間には、1960年代つまり幸村が20代だったころの初期作品を中心に展示されている。幸村はCTG(コンピュータ・テクニック・グループ、1966~69年)というグループを結成し、当時は個人で手に入れることができなかったコンピュータを、今でいう企業コラボレーションのような形で使っていた。額装されたグラフィックデザインのような平面作品は、当時を象徴するような制作方法が取られている。それは、コンピュータでプログラミングし、プロッターと呼ばれる今のプリンターのようなもので紙に出力し、その紙を元にしてオフセットやシルクスクリーンでプリントしているのだ。
上の写真にある台座の立体作品はホログラフで、透明なシートであるが、光の角度によって図像(この作品はヤヌス)が立体的に浮かび上がるというもの。ホログラフは、メディアアートの初期時代には多く見られた表現形態である。
現代においてコンピュータは、何でもできる相棒のような存在であるだろう。しかしそれは、おそらく1990年代以降の話であって、それまでコンピュータは、日本語で「電子計算機」と呼んでいた物体である。つまり計算、演算をするためのものであったはずで、幸村はその考え方を応用し、1980年代から「非語(ひご)辞典」なるものをつくってきた。
ふたつの部屋には、これまで幸村が編んだ「非語辞典」から、この展覧会のためにチョイスされた「非語辞典」が置かれている。例えば「あ」を4つ並べた「ああああ」を、五十音順に1文字ずらしていくと「あああい」「あああう」のようになる。プログラミングによりこの方式で「ああああ」の文字列を並べ換えて、「ああああ」から「んんんん」までまとめれば、この「非語辞典」1冊分になるのだ! 言葉好きにはたまらない辞典である。
「非語辞典」の向かいには、写真作品が貼られている。円い光やオーロラといった、地球上で見ることができる光の軌跡(奇跡、かもしれない)をとらえており、その色や形からさまざまな想像力がかき立てられた。
最後は、映像作品と写真作品の展示室である。そういえば私がリサーチをしていた昨年、幸村はちょうど作品制作のため、聖山カイラスを訪れるクラウドファンディングをしていた。自宅からカイラスまでの旅の道行きの行程を3時間にまとめた映像作品と、最近撮影した写真作品が並ぶ。中でも特に目を引いたのは、幸村が太陽の弧と角度を意識した上で、太陽とその光をとらえた写真作品であった。
ちなみにこの写真作品を応用して、展覧会ポスターを手掛けている。ちなみにのちなみに、毎回、西脇市岡之山美術館のポスターデザインは、横尾忠則である。
写真とか辞典とか作品の幅が広いけど驚きの連続、コンピュータの進化とかメディアアートの歴史をなぞってるみたい、しかも机の上だけじゃなくてカイラスとかオーロラのような世界を股にかけて、幸村さんって不思議だなあ。あれこれ思いながら、展示室と展示室の間をつなぐスペースに目をやると・・・・・・
「瞑想室」!!
この展覧会に合わせてつくられたのではなく、西脇市岡之山美術館の開館当初からあるそうだ。私が行った日はまだ暑かったので長居できなかったが、ぼーっとするには実に良さそうな空間だった。
メディアアートというと、デジタルの世界、インタラクティブ作品で慌ただしいようなイメージがあるが、幸村作品は全くそうではなく、人間の原点やアートの基本に気付かされるような、実に瞑想しているような作品であった。1日ぽっかり空いた時、あるいはまったく違う世界観に触れたい時、おすすめの展覧会と美術館である。
【展覧会名】光の旅人─幸村真佐男 カオス・ノイズ・リアリティ
【会場】西脇市岡之山美術館
【会期】2017年7月16日(日)~10月9日(月・祝)
【公式サイト】http://www.nishiwaki-cs.or.jp/okanoyama-museum/exhibition/000697.html