故郷を想い/描く―エミリー・ウングワレーにおける〈非=場〉

ウィリアム・J・ミッチェルによれば、「アボリジナル・アート」の特徴は「純粋に視覚的な快感」を見る者に与えるという点に集約されるという。

poster for Emily Kngwarreye Exhibition

エミリー・ウングワレー 展

大阪市北区エリアにある
国立国際美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2008-02-26 - 2008-04-13)

In レビュー by KABlog2008 2008-04-02

by Ichiro Doi

ウィリアム・J・ミッチェルによれば、「アボリジナル・アート」の特徴は「純粋に視覚的な快感」を見る者に与えるという点に集約されるという。(註1)現在、国立国際美術館で開かれている「エミリー・ウングワレ―展」(2008年2月26日~2008年4月13日。以後、東京・国立新美術館へ巡回)で見ることのできる、「アボリジナル・アート」の最前線に位置するエミリー・ウングワレー(1910頃-1996)の絵画は確かに、とても七十代から筆を持ち始めたとは思えないほど、瑞々しい色彩に溢れている。果物のように鮮やかな彼女の絵画は「視覚的な快楽」という言葉にまさに相応しい。

しかし、エミリーの絵画は単に「視覚的な快楽」であるだけにとどまらない。ある人は彼女が描く「点」と「線」の軌跡に、ジャクソン・ポロックらに代表される「抽象絵画」の歴史を重ねて見るだろうし、また別の人は彼女のシンプルな平面構成を「日本画」のそれと結びつけたりもするだろう。彼女の絵画は、決して見る者の視線を一つに固定化することなく、常に鑑賞者の胸に「多層的」に浮かび上がってくることを許している。一つの場所にとどまろうとしないエミリー・ウングワレーの絵画は、こうした開かれた〈空間〉の自由を基調としてる。ハワード・モーフィーが指摘するように、エミリーが筆を持ち始めたとされる1977年の初期の段階から、彼女の作品には卓越した「幾何学的な構成能力」を観察することができる。(註2)西欧美術の観点から言えば、彼女はこうした問題に「無意識的」であったとされるだろうが、一方でこうした問題に「意識的」だった西欧の画家としてピエト・モンドリアンの名を挙げることができる。エミリーはオーストラリアの真ん中で、地面に寝かせたキャンバスの上に座り込んで絵を描く。モンドリアンはニューヨークの真ん中で、アイロンのかかったシャツを着てイーゼルにキャンバスを立てかけて絵を描く。エミリーは曲線を使い、モンドリアンは直線を使った。時代・場所・生活環境など、ありとあらゆる条件の異なった両者は、しかし離れた〈点〉から出発し、互いを結ぶ線分の中点で出逢うことになる。その「中点」こそ「ユートピア(非=場)」という本展覧会の英題に隠されたコンセプトに他ならない。

1 (1)
〈アルハルクラ Alhalkere〉*連作セット 1993年 (22点)各90.0×120.0 cm
National Gallery of Australia, Canberra (c) Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

C572
〈ユートピア・パネル Utopia Panels〉1996年 263.2×87.0 cm
Queensland Art Gallery, Brisbane
(c) Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

そもそも”utopia”(ユートピア)という言葉は、ギリシャ語で否定を表す”ou”と場所を表す”topos”を掛け合わせたトマス・モアの造語だとされている。つまり「理想郷」とは本質的に「在らざる場所」であり、そもそもそれは「永久に到達できない非=場所」として思考された。この意味において、「故郷」という言葉も、そもそも我々が「故郷」という言葉を使う時、我々はその「故郷」を既に離れてしまっている。自分が自分の居場所を離れざるを得ない時、初めて「故郷」という郷愁の念が想起する主体の中で芽生えるのであり、言い換えれば「故郷」という言葉は「ここ」ではありえず「常に/既に過ぎ去った到達できぬ場所」として―すなわち「そこ」として現前する。「故郷」がしばしば「理想(郷)」化されることは、その言葉のオリジナルな意味―すなわち「非=場」―を考えてみた時、いささかも驚くに値しない。彼女が「故郷」としての「アルハルクラ」にこだわりをみせたことも、こうした空間の問題と不可分ではないだろう。

2 (2)
〈ビッグ・ヤム・ドリーミング Big Yam Dreaming〉1995年 291.1×801.8 cm
National Gallery of Victoria, Melbourne
(c) Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリーが度々用いる「夢」(ドリーミング)というモチーフも、また同様に「在らざる場所」のヴァリエーションのひとつとして理解することができる。彼女の作品には明確に定められた上下左右の概念は無く、全ての空間配置は未決定のまま宙吊りにされる。今回の展覧会でも、ある恣意的なアレンジがなされているに過ぎない。つまりそれぞれの絵画は、空間的に言って定冠詞(”the”)の作品ではありえず、常に不定冠詞(”a”)の作品で在り続ける。メタフォリカルに言えば、エミリーの絵画は一つの場所に腰を据えようとしない、極めて「落ち着きのない」絵画だと言えるだろう。ところが、これらの要素が鑑賞者の不安を煽るかというとそうではない。「非=場」という彼女の絵画が持つ運動性は、画面にコミカルで人懐っこい「リズム」を与えるだけでなく、文字通り「ドリーミー」なその躍動感は極めて現代的(contemporary)なテクスチャーとして浮かび上がっているのである。彼女の独自性はこの点に認められる。彼女は抽象画家などではない。彼女はただ「場所」を想い、「場所」を描き続けた。そして、それが結果として我々が「抽象」と呼ぶものと限りなく似ていただけのことである。

9
〈私の故郷 My Country (from the Last series)〉 1996年 58.0×87.5 cm
Collection of Amanda Howe
(c) Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 070

そして、晩年に制作された〈ラスト・シリーズ〉では、エミリーの描こうとする「故郷」は、我々の生きる「世界そのもの」と重なり合うことになる。すなわち、彼女は自身の死期が迫っていることを感じることで、最も大きな「郷愁」―「現世への郷愁」と向き合うことになるのである。最晩年の彼女の作品〈私の故郷〉は、もはや「アルハルクラ」という物理的な「故郷」を描いたものとしてだけでなく、彼女によって生きられた世界と時間の総体、すなわち彼女の「人生」そのものをひとつの「故郷」として描いている。そこには「場所」を奪われたアボリジニの歴史も織り込まれているだろう。これを描き終えた彼女は、彼岸としての「そこ」へと旅立ってしまった。しかし、絵画という形で残された彼女のリズミカルで人懐っこい色彩の数々は、彼女の「夢」がいま「ここ」に確かに息づいていることを教えてくれる。

1 Mitchell, W.J.T. What Do Pictures Want?: The Lives and Loves of Images. MIT PRESS, p.245
2 Morphy, Howard. Aboriginal Art. Phaidon. p.309

土井一郎
1983年大阪生まれ。大阪大学大学院言語社会研究科アメリカコース修士課程修了

KABlog 2008

KABlog 2008 . 関西アートビートが、大阪のベルギーフランドル交流センターとNPO法人GADAGOの共催で運営されていた2007年4月〜2008年7月当時の記事です。 ≫ 他の記事

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