ギャラリーの魅力は、そこで行われる展覧会だけではありません。空間のつくられ方やオープンまでのエピソードなど、普段はあまり着目しないギャラリーの別の魅力にも、目を向けてみてはいかがでしょうか。
今回紹介するGallery & Space SIOは、大阪心斎橋駅から長堀通り沿いに東へ徒歩約10分、大阪市営地下鉄長堀橋駅が最寄り。ビルが林立するその足元に小規模店舗が点在する南船場の一角にあるギャラリーです。戦後間もない頃に建てられた住宅を丁寧に改装し、特徴的な空間を使った展覧会を定期的に届けています。
作家がある程度の緊張感と心地よさの中で展示できる環境をつくる
このスペースを運営する角田有さんは、現在IT企業でプロジェクトマネジメントを行いながらギャラリー運営を行っています。自身がかつてアートを学び卒業して今にいたるまでに、現在の活動の背景となるひとつの疑問を持ちます。
「学生時代の仲間の中には、年収何千万という一流作家の仲間入りをした作家もいれば、一方で学生時代と変わらない生活をしている作家もいる。方向性は違っても、彼らの作品の質と「良さ」は変わらないと感じたんです。その良さが伝えられていないだけではないか、という思いが高まり、それを補いたいという思いからギャラリーをはじめました。」
最初は自身の「二足のわらじ」という状態がすごくうしろめたかった、と語ります。生活を賭けて作品をつくる作家と、サラリーマンをしている余裕のある自分との間で熱量に差があるのではないか、と。ただ、その状態だからこそ一定の距離感で「伝えること」に集中していられているのではないか、とも語ります。
「どんな人にも面白いところがある」と考える角田さんは、具体的なキュレーション方針よりも、作家がある程度の緊張感と心地よさの中で展示できる環境をつくることを心がけていると伝えてくれました。
ホワイトキューブじゃないと現代美術の可能性を見せられないと思い込んでいた
2010年に人づてにこの住宅に出会い、京都の建築設計事務所expoさんとの協同によって、この空間をギャラリーへとつくりあげていきました。expoさんはもともと角田さん自身がよく通っていたかもがわカフェの設計者。協同者の選択はそんな信頼のもとに生まれました。
ギャラリーのあるこの地は、もともとはオーナーさんのお父さんの住居。戦後間もなく、焼け野原の中でいち早くつくられた、貿易商のための自宅兼仕事場でした。当時全国から古材を集めてつくった住宅であり、建材には良質なものが多く使用されています。ただ、オーナーさんにとっては壊すことも使うことも決められず、約10年間放置され、最終的には「駐車場にする」ということが決まりかけていました。
街中にあるとてもいい空間だから残したい、という角田さんの思いを率直にオーナーさんに伝えたところ、その意思が尊重されることに。角田さんが仕事をしながら清掃や解体をひとりコツコツと進める中、少なくない人たちが現場に訪れ、「実はこの場所をねらっていたんです」と声をかけられたそう。
オーナーさんには「好きなようにやって」と言われていたものの、解体が進み、expoさんとの打ち合わせで案が決まるにつれ、オーナーさんの隠れていた思いも強くなっていきます。三者間の間で意見をすりあわせ、オーナーさんの思いを聞きながら、ひとつひとつ柱や壁を取るか残すかを決めていきました。あらかじめ契約文書も取り交わしていましたが、そこからのすり合わせに2、3年の時間を費やしたとのこと。
「僕はギャラリーをやりたいと思っていたので、ホワイトキューブじゃないと現代美術の可能性を見せられないと思い込んでいたんです。だからひとつひとつ打ち合わせるたびに、その思いが少しずつ崩されるようでとても辛かった。でも完成してからは実はそれがよかったと思えるようになりました。」
「障害」と思っていたものが空間の魅力になっている
ホワイトキューブを望んでいた角田さんにとって、当初とりわけ頭を悩ませたのが、オーナーさんにとってはなくすことのできなかった、庭の存在です。荒廃した状態だったのを、株式会社みちくさの庭師おがさわらさんの協力を得てなおしていきます。ホワイトキューブにとっては「障害」にもなる、他のギャラリーにはない要素。そんな庭という空間を作家がどのように展示へとつなげていくのか。その工夫を見ることによって、角田さんの考え方が変わっていきます。
「作品は人工物なのに、その隣に自然物がある。作家さんはここに庭があることをどうしても意識せざるを得ないと思うんです。でもそれがあることを前提にして作品を置くことを考えている作家を見たら、この場所が生きていることを意識したんですね。」
庭だけに限らず、残された柱や壁も同じです。土壁だからビスもテープも使えない壁面も、その「障害」が逆に工夫を生みます。「そのあたりの工夫を見ることが僕の楽しみになっている」とのこと。実際、「ここを使いたい」と希望する作家が多いため現在は知り合い以外断っていると明かしてくれました。かつては「障害」と思っていたものが、ふたを開けてみれば、空間の魅力としてとらえられるようになっています。
「ホワイトキューブは作品を「立てる」ための削ぎ落とした空間。でも購入された作品がその後も同じようなシンプルな空間にあることは稀でしょう。日常の中に作品を置くとしたら、むしろこの空間はそれに近い状態で作品を見ることができる環境なんじゃないかと思います。」
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ギャラリーをはじめる理由にもなった、作家を「伝える」という行為のみならず、角田さんはこの空間での展示を通して新たな作家の魅力を発見しているように感じます。靴を脱ぎ、縁側に座りながら、ゆったりと作品や空間に向き合ってみてはいかがでしょうか。
ちびっ子のワクワクを目指す集団「◯△□」と図書館のを新たな可能性を見て活動する「おおさかとしょかん」協力展 おおさか スイミー としょかん展に続き、8月25日から9月7日まで、浅野綾花「ここに住んでいる」展が開催されています。
文章・スケッチ:榊原 写真提供:Gallery&Space SIO