色がついてなくて、「京都らしさ」がないところが魅力

—京都・七条大宮「trace」

In フォトレポート by Mitsuhiro Sakakibara 2014-10-21

ギャラリーの魅力は、そこで行われる展覧会だけではありません。空間のつくられ方やオープンまでのエピソードなど、普段はあまり気に留めないギャラリーの別の魅力にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

traceは、2013年にオープンした、京都水族館の隣にある元倉庫を改修したギャラリーです。京都駅から歩いていける距離にあり、2012年に開業した水族館や梅小路公園を目指す人の往来も多い中、絵画や写真、映像などを紹介する展覧会、ライブ、パフォーマンスイベントを継続的に開催しています。

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「人気」のあるエリアにはない「外れたところ」に惹かれる

traceを運営する山口和也さんは、自身も画家、写真家として活動しています。自身のアトリエを探し、いろいろな物件を見て回る中で出会ったのがこの場所でした。昔から「人気のある」エリアにはない「外れたところ」に惹かれることがよくあった、と語る山口さん。ギャラリーの周囲について「このあたりのエリアは色がついてなくて「京都らしさ」がないところが魅力です」と説明してくれました。

そうして2013年の初頭に出会ったこの倉庫。アトリエにするだけには惜しい空間を前にして、山口さんにかつての記憶がよみがえってきたそうです。

「京都造形芸術大学を卒業してすぐの1990年代後半、大学の近くにしらかわ荘というアパートがあったんですが、そこが取り壊されるということで、ある企画を行いました。アパート2棟にある各部屋をそれぞれアーティストに提供し、そこを1ヶ月アトリエとし、その部屋自体を作品にしてもらったんです。使っていない学校や建物を使用した展覧会は、今となってはよくある試みですが、当時は珍しかったです。近所の店舗50件ほどにスポンサードしてもらい、2000人以上の来場者がありました。」

現在traceを運営し、キュレーションをするきっかけにもなっているこのときの経験。美術界の中の出来事ではなく、もっと外へ向かって開きたいという当時の思いは、今にも続いているそうです。

その後、絵のコンペティションで大賞を受賞。副賞として得たNYでの留学時期に、山口さんは日本画家の千住博さんと出会い、写真の仕事を依頼されます。そして大徳寺聚光院別院や羽田空港での制作過程を記録した写真集や、プロボクサー小松則幸さんを6年間追った写真集を刊行したり。現在はボクサー辰吉丈一郎さんの撮影を継続。その後10年が経ち、画家であることが自身の重要な基盤であると改めて感じ、そのためのアトリエを探しはじめたことが、traceの誕生につながっていくのでした。

この空間には白さがとても重要だと感じました

かつて何かの貯蔵庫として使われ、一時期は建築家の事務所としても使われていたというこの倉庫。広すぎない規模の内側は、無駄なものがほとんどない空間になっています。フロアは道路側を展示空間に、残りの空間を収納と事務スペースに当てています。

かつて汚れていた壁面を塗りなおし、道路側の壁面や事務スペースとの仕切りとして新たな壁をつくり、漆喰を塗って真っ白に仕上げています。窓が壁面にひとつもなく、杉板の張られた三角屋根の天井にある天窓から自然光が射し込みます。この特殊な条件によって、光が上部から降り注ぎ、柔らかい光が溜まるような印象的な展示空間が生まれています。

空間の中へ目を凝らしていくと、繊細な工夫が随所に施されていることに気付きます。構造的には不要な、もともとクレーンのようなものを吊るしていただろう「I型鋼」をあえて残すことで空間にアクセントを添え、柱と柱の間に展示台として使えるナラ板が架けられています。壁面には、ギャラリーにしばしば見られる展示のためのピクチャーレールが意図的に排除されています。さまざまな展示に対応できるよう間隔を計算されたボルトがささやかに置かれているのみ。前面には出ない、心憎い空間的工夫です。

「僕自身が絵画であれ写真であれ、作品発表の際にはその展示空間を凄く意識するので、traceを様々な人や作品が行き来する場所として考えた際に、この空間には白さがとても重要だと感じました。それは単に壁面の白さという意味ではなく、そこを流れる気のようなものでしょうか。それは建物の内部だけを指しているのではなく、このエリアを選んだ理由でもあります。隣にある梅小路公園の緑や水族館、京都駅からあちこちへ繋がっていくJRの線路のおかげでしょうか、風通しの良い印象がこのエリアにはありました。」

そこに展示作品がなかったとしても、アトリエとしての気配がある

自身の制作を説明するなかで、山口さんは「舞台裏みたいなものが好きなんですよね。」と語ってくれました。そしてその思いは自身のギャラリーにも当てはまります。

traceを運営するに当たり、山口さんに影響を与えたスペースがありました。イラストレーターである黒田征太郎さんとグラフィックデザイナーである長友啓典さんのK2による、東道頓堀倉庫のギャラリーがそれです。

「もう20年近く前だと思うんですけど、迷いながら初めて訪れた東道頓堀倉庫はアトリエがギャラリーになっているような場所でした。人々が意図せずにつけてしまった痕跡のようなものに僕は魅力を感じるんですが、そういうものを味わえる場所だったんです。例えばそこに展示作品がなかったとしても、そこにはアトリエとしての気配がありました。」

山口さんの目指すスペース像のひとつがそこにあります。現在依頼されている兵庫県のとある寺院の天井画を完成させた来春以降、traceを自身のアトリエとしても使用することを計画されているそう。週末には今までと同様にライブやイベントを行いながら、気候の良い春と夏には様々な展覧会を行っていく予定だそうです。「traceには作家である僕と運営者である僕がいて、そこへスタッフや様々な表現者、そして来場者などが関わります。ここへ訪れるすべての人の痕跡がtraceだと考えているので、ここではそれぞれが等しく持つ個の魅力を大切にしてもらえたら嬉しいですね。」と語ってくれました。

取材時はチェコのプラハ工芸大学にてデジタル機器を使ったアニメーションの研究を行っている熊谷知子さんによる展示「motion prism free」が開催されており、空間自体が操作されるような映像作品が印象的でした。10月25日からは山口さん自身の個展を含む三つの個展「TRACES -三人の跡-」が開催されます。「絵を描こうとしていない人たちの絵にも魅力がある。」と語る山口さんの、これからのキュレーションにも注目です。

 

文章・スケッチ:榊原 写真:特記なきものは全てtrace提供

 

Mitsuhiro Sakakibara

Mitsuhiro Sakakibara . 建築や都市のリソースを利用して暮らし働く人の声を集め、彼らへのサポートを行う。個人として取材執筆、翻訳、改修協力、ネットカフェレポート等を実施。また、多くの人が日常的に都市や建築へ関わる経路を増やすことをねらいとし、建築リサーチ組織「RAD(http://radlab.info/)」を2008年に共同で開始。建築展覧会、町家改修その他ワークショップの管運営、地域移動型短期滞在リサーチプロジェクト、地域の知を蓄積するためのデータベースづくりなど、「建てること」を超えた建築的知識の活用を行う。 ≫ 他の記事

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