ギャラリーの魅力は、そこで行われる展覧会だけではありません。空間のつくられ方やオープンまでのエピソードなど、普段はあまり気に留めないギャラリーの別の魅力にも目を向けてみてはいかがでしょうか。
文五郎倉庫は、滋賀県信楽にある工房「文五郎窯」に併設されるギャラリー&スペース。この地で150年続く文五郎窯は現在5代目となる奥田文悟さん奥田章さんのご兄弟が運営されています。築50年ほどになる元作業場を改修してつくられた文五郎倉庫。どのようないきさつでギャラリーがつくられ、その際に他の関係者との間でどんな協働があったのかなどについて、章さんにお話をうかがいました。
「タヌキ」は全体から見れば1、2パーセントくらい
2013年の台風18号によって運行休止を余儀なくされて以来、2014年の11月29日から運行再開を果たした信楽高原鐵道の信楽駅から徒歩約10分。小高い丘を登った先に文五郎倉庫はあります。50年という時間の中で、作業場、倉庫として使われていたコンクリート造の平屋です。この建物について章さんはこう語ります。
あの建物の床は土間で、なんせジメジメしてて、カビだらけだった。部屋全体が蔵の匂い。文字通り倉庫に使ってたので、文五郎「倉庫」という名前なんです。親父が生きているときは作業場として使っていました。当時はあの建物の隣に乾燥室があって、乾燥用ボイラーのための石油タンクが屋根の上に乗ってたのは覚えていますね。小さい頃は屋根に乗ってよう怒られてましたわ。
かつては登り窯で大きな壺、甕(かめ)、火鉢などをつくっていた文五郎窯ですが、先代の頃には登り窯がなくなり、晩年には植木鉢の量産をしていました。信楽はタヌキが有名ですけど、全体から見れば1、2パーセントくらいです、と章さん。対して信楽で生産される中で最も多いのが、タイルなどの建材。全体の50パーセントを占めます。現在文悟さんは陶製浴槽など大型のものを、章さんは食器など生活雑器をつくっています。
改修のきっかけになったのは、陶芸家であり京都造形芸術大学教授でもある松井利夫先生と章さんとの間で交わされた話でした。二人の出会いはかつてワークショップを共同で行ったことから始まり20年近い付き合い。今から8年ほど前、松井先生からこの工場で授業をさせてほしい、と章さんに依頼があります。そのために空間を整えようという考えにあわせて、ゆっくりしてもらうようなスペースがほしい、カフェにしたらどうか、つくっている器を展示するスペースもほしい、などなど構想が膨らんでいきました。
昔に戻したほうがよかった
こうして話が進み、京都造形芸術大学の教員である上田篤さん、田所克庸さんに設計を依頼。現地を見たお二人ともが、珍しい!こんな建物あるんや!と衝撃を受け、いよいよこれは保存しなければ、という機運が高まります。ところで、なぜこんなモダンな建物がここに建てられたのでしょう。
これを建てたうちの祖父がなんせ新しいもの好きで、事務所もコンクリート造なんですよ。こんな建物、信楽では他にまったくない。事務所に使っているところにはモダンな壁紙が貼ってあって、いまでも現役です。
一方で、築約50年のコンクリート造平屋を部分的に解体するがゆえに苦労も多くありました。
平屋の建物に4mくらいの庇がついていたんです。建物側2mのコンクリートを見ながら「簡単に切れますわ」って業者は言うてたんですけどね。50年前のコンクリートだから硬いんです。なかなか切れない。でも蓋をあけてみれば、1.5センチくらいの鉄筋がポン、ポン、ポン、っていう間隔で入っているだけ。こんなんでよう持つんやって、びっくりすること多かったですね。
主として設計を担当した田所さんは、この建物の改修に関してさまざまなアイデアを提案します。屋根の付け替え、釣り構造の庇、大きなガラス窓を持った鉄扉などなど。予算との兼ね合いで必ずしも丸ごと提案が受け入れられたわけではありませんが、屋根は塗り替えられ、庇として強化プラスティックの屋根が柱で支えられ、鉄の扉には既存窓の大きさに合わせた小さめの窓が取り付いています。章さんは当時のことを振り返ってこう語ります。
田所さんには本当にいろんな提案をしてもらいました。エネルギーもかけてもらって。でもどうしても予算の面で折り合いがつかなかったことも多かったですね。その中でも一番心残りなのは、元々の木のサッシが痛んでいたからアルミのサッシを入れてしまったところ。昔に戻したほうがよかったね。
「リノベーション」という言葉を実感した
完成した2008年は、今ほどにはリノベーションが一般的ではありませんでした。田所さん自身、振り返れば「リノベーション」という言葉を自覚するようになったのは文五郎倉庫の竣工後だった、と語ります。
壁面には窯元の仕事の痕跡が豊かな表情として残っていました。それらの時間や使用を重ねたこの建物でしか得られない質をどのように引き継げばよいか模索しました。そんな中、必要箇所に補修という方法を採用することで、この建物が持つ誠実な元来の質と新たに加わるギャラリーとの大らかな交わりを期待できるのではないかと思い設計を進めました。
ひっそりとたたずむように存在する文五郎倉庫。夏も涼しい静かな内部空間からは、小窓を通して建物背後の竹林が見えます。過度に飾り立てることはなく、かといって単なる「補修」のみでもない。新しく付け加える素材や色の配置に気を配り、もともとの建物が持つ質実な性格を生かした改修です。
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文五郎窯は150年続いている窯元なので、もっと長いスパンで見て時代時代に応じた形になっていればいいかなと思います、と語る章さん。窯元の看板を残さな、という義務感よりも、子供らがやりたいなと思ってくれるような仕事になれば、という思いを語ってくれました。
陶芸は思い通りにならないのが魅力。お二人への注文は引きも切らず舞い込んでくる毎日ですが、一つ一つ時間をかけながら手づくりで制作することで、それを魅力に感じて待ってくれるお客さんもたくさんいます。作業の手を止めることなく、陶芸は生活雑器でもあり美術表現の手段にもなる幅広さがいいんです、と語る章さんの姿が印象的でした。次回展覧会は未定ですが、ウェブサイトから文五郎窯と文五郎倉庫の近況を確認できます。ぜひご関心を持たれたら、直接訪れて空間と作品を体験してみてください。
文章・写真・スケッチ:榊原
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