展覧会をカタチにする人たち 第1回

関西を中心に活躍するインディペンデントキュレーター:木ノ下智恵子さん

poster for Open Storage 2015

「Open Storage 2015」

大阪府(その他)エリアにある
MEGA ART STORAGE KITAKAGAYAにて
このイベントは終了しました。 - (2015-10-31 - 2015-11-23)

poster for Alternative Train

「もうひとつの電車 - alternative train - 」

大阪市北区エリアにある
アートエリア B1にて
このイベントは終了しました。 - (2015-10-24 - 2015-12-26)

In インタビュー by KAB Interns 2015-08-26

展覧会には企画者としてキュレーター・学芸員以外にもプロデューサー、展示デザイナーなど様々な立場の方が関わっています。しかし、外から見ていると、展覧会を企画するキュレーター・学芸員の職能というものが見えにくいのが現状です。このインタビューでは、現場でご活躍されている方々にお話を伺うことで、「企画者」の意識について探っていきます。

第1回は、大阪大学コミュニケーションデザイン・センターを中心に活躍されているインディペンデントキュレーターの木ノ下智恵子さんにお話を伺いました。木ノ下さんはこれまで、美術館などのホワイトキューブや、工場跡地のようなもともと展覧会を行うために作られていない場所の両方で展覧会を企画されています。アートを様々な新しい分野に接続する木ノ下さんに、そのノウハウを聞いてみましょう。

ー木ノ下さんはもともと神戸アートビレッジセンター(以下、KAVC ※1)という公共の文化施設でアートプロデューサーとして活躍されていました。現在は大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(以下、CSCD)で特任准教授として活動されています。改めてお仕事について教えてください。

KAVCでは、若手芸術家の育成を目的とした企画展「神戸アートアニュアル」を担当していました。そこでは、当時は大学を卒業したばかりの若手だった束芋金氏鉄平八木良太などたくさんの芸術家が、企画展づくりに携わりました。

※1 神戸アートビレッジセンター:演劇・美術・映像・音楽の分野を中心に、若手芸術家の育成を目的として、制作・練習・発表の場を提供する神戸市立の文化施設

現在はCSCDで教員として主に全学の大学院生を対象としたコミュニケーション科目の講座を担当したり、アートエリアB1(※2)で企画を行っています。アートエリアB1は京阪電車と、ダンスボックスという神戸にあるNPO法人、そして私たち大阪大学の3者が連携して共同運営しています。このプロジェクトは、初めに施設ありきではなく、京阪中之島線の工事段階から3者が一緒に実行委員会をつくり、様々な社会実験を経て、中之島線の開業を機に、「なにわ橋駅」の地下コンコースを新たな中之島のコミュニティースペースとして、学術や芸術のあり方を社会に発信する事業を展開しています。

※2 アートエリアB1:京阪電車なにわ橋駅コンコースにある大学・NPO・京阪電車が連携して運営する施設。大学の知、アートの知、地域の活力を集結した多彩な事業を展開する。大阪大学コミュニケーションデザイン・センターは企画制作として関わる。

ー木ノ下さんは芸術系大学出身で大学院時代までアーティストを目指されていたそうですね。

そうですね。当時は作品を作っていましたので、所謂、アーティスト志望でした。

ーキュレーターに転身されたきっかけは何だったんでしょうか?

今、思い起こせば、大学の課題での経験が潜在的な可能性をひらくきっかけだったのかもしれません。確か「空間の異化」というテーマを与えられて。私は自分で作品を創るのではなく、アートや建築やデザインの作品集からテーマに関連したもの集めてプレゼンテーションしたんです。それを大学の先生が合評の際に「あなたには、キュレーションの才能があるんじゃない」と言われたことが、印象に残っています。実質的なきっかけは、その後の就活で、アーティスト活動を継続しようと思った職業と、KAVCの職業のどちらも受けたらKAVCが受かった。という単純明快な理由です。

ーアーティストを目指されていたことがキュレーションする上で役に立ったことはありますか。

そうですね。アーティストを目指していたので、作品を作ることや生み出すことの大変さを、めちゃめちゃ実感していました。だからこそ、発表の場だけではなく、展覧会では作品作りを続ける環境をいかに整えるかということや、アーティストの伴走者として如何に自由度の高い状況を創り出せるかということが重要だと考えています。

ー木ノ下さんはKAVCという所謂ホワイトキューブという場所とそれ以外の場所での両方を経験されています。企画をする上で、2つの間にどのような意識の違いがあるのでしょうか?

全然違いますね。芸術文化を発信するための場所やミッション、予算、スタッフワーク、つまり「ヒト・モノ・カネ」というものがキュレーションの上で大事だとすれば、その条件がそろっている場所が美術館や劇場等の文化施設やセンターだと思います。でも、私が最近手がけているプロジェクトは、元々そういった前提条件や文脈が無い場所です。

ー例えばどういったプロジェクトでしょうか?

例えば「NAMURA ART MEETING ’04-’34」(※3)というプロジェクトがあります。大阪の北加賀屋という湾岸の工業地帯にある名村造船所跡地という場所で2004年から2030年まで、30年間の芸術実験を行っているのですが、ここは本来芸術のための場所ではありません。

※3 NAMURA ART MEETING ’04-’34:大阪府大阪市にある名村造船所跡地で発足された、芸術によって新しい価値観や意味を見いだす活動を30年間継続して行うアートプロジェクト

ーそれではKAVCの時とは違う問題が発生するのでしょうか?

いずれの文化施設でもあることだと思うのですが、KAVCは企画を実現させるために、「主旨・目的・根拠」を示す必要はありますが、あくまでも、芸術文化活動を前提とした施設ですので、アート活動を行うこと自体は自明の理です。しかしながら、造船所や駅のコンコースなどの場合は、芸術のための場所や文脈といった前提が全く無いので、他分野の価値観の異なる人たちに、「アートのためだけではない主旨・目的・根拠」を示し、理解してもらう必要があります。つまり、アートと何かを繋げる、あるいは何かをアートによって問題提起していくとか、もう一つの根拠となる軸を立てる必要があります。

ー具体的にはどういったことでしょうか?

例えばアートエリアB1だと、駅のコンコースにあるので、鉄道という文化そのものを様々な芸術とつなぎ合わせることで、芸術のみではないもう一つの軸を作りました。具体的には、鉄道や駅の可能性を、単なる移動機関・交通手段ではなく文化的な側面から捉え直す、というコンセプトにもとづいた「鉄道芸術祭」という事業を立ち上げました。こういったもう一方の軸を考えることが、芸術以外の環境におけるキュレーションでは大事になってくると思います。

ー例えば先ほどの鉄道関係など他分野の人々とアーティストをうまくつなぎ合わせることは、すごく難しいですよね。何か気を付けていることはありますか?

自分自身の意思の前提となる、哲学、美意識をきっちりと持つことですね。そうした個人の軸線がぶれてしまうと、様々な問題が起きた時に対処を見誤る可能性が大きく、時には行き先を見失ってしまいます。しかしながら一方で、自分の強靭な軸を持ちながらも、アーティストや様々な関係者の人々と向き合いながら、価値観の異なる他者の意見や感性を受入れる柔軟性は必須です。私以外の強靭な価値観との接触によって生まれる第3の軸や、企画がドンドンと展開していく連鎖反応を糧にしながらキュレーションしていかないと、結果が独りよがりになったり、先駆的な表現の可能性を狭めてしまったりしてしまいます。そうした個人と他者と公共性のバランスをとることが難しいですね。

ー先ほど「軸」というお話がありましたが、木ノ下さんご自身が持っていらっしゃる軸っていうものはどういったものでしょうか?

絶対的にアートのことを信じてるってことかな。あるいはアーティストのことを尊敬しているってことですかね。

ーそれはご自身の経験が発端でそのような「軸」ができたのでしょうか?

3つの出会いに影響を受けていると思います。一つは私が学生時代に手伝っていたアーティスト、榎忠さんとの出会いです。榎忠さんはサラリーマン生活をしながら、アーティスト活動をしていました。この2つを両立させるのはすごく大変だと思うのですが、それでもアートの可能性を信じて活動されていて、なおかつ、美術館やギャラリーではない、日常的な場所や一般には知られていない場を見つけ出し、プロジェクト型の作品づくりや活動の意味を教示して下さいました。そうした生き方を間近で見ていたことは今の私に影響を与えています。

ー2つ目の出会いはどなたでしょうか?

私が大学院生の時に、阪神・淡路大震災が起こりました。その時、「阪神・淡路アートプロジェクト」が発足し、私は学生ボランティアリーダーとして参加してました。そのアーティストがジョルジュ・ルースですが、これは単にアーティストとの出会いが影響したのではなく、プロジェクトを創り出す実行委員の様々な立場の人たちと、そのあり方に影響を受けました。当時はアーティストやアート関係者でさえも、災害時にアート活動をすることへの非難もあったり、アートの力で心をケアをするなんて考えは珍しい時代でした。ルースは元より、このプロジェクトに携わられた方々には、どんな社会情勢においても、アートの可能性は消えないことを教えてもらいました。

ー彼は東日本大震災の時も活躍されていますね。最後はどなたでしょうか?

最後はダムタイプの古橋悌二さん(※4)の遺作となった作品「S/N」です。ダムタイプのあり方そのものは元より、「S/N」は古橋さんごのセクシャリティや生き方をメンバーに投げかけて対話を繰り返しながら、制作されていました。劇場というノンフィクションの場において、個人のセクシャリティや様々な社会的制度といったフィクションをテーマにした作品の強さと、他者を巻き込みながらプロジェクトを進めていくことの可能性を学びました。

※4 ダムタイプ:1984年に京都市立芸術大学の学生を中心に結成されたアーティストグループ。様々な表現手段をもつメンバーが参加し、芸術の可能性を探っている。古橋悌二は当時の主要メンバー

ー今後の展望を教えてください。

芸術や学術の拠点となるような中之島のまちづくりに関するプロジェクトができたらいいなと考えています。例えば、ニューヨークやフランスのナント、パリのシテ島などは都市型の島における芸術や学術の拠点です。同じように中之島にも都市型のプロジェクトの可能性をすごく感じています。すでに中之島には国立国際美術館や東洋陶磁美術館、科学館や図書館、フェスティバルホールやABCホールや国際会議場、そしてアートエリアB1など、様々な施設がありますので、そうした施設や活動拠点のポテンシャルを生かした展開を色んな人々と巻込み合いながら目指したいです。

ー中之島が大きく変わりそうですね。

大きく変える必要はないんですけど、ビジネス・官庁街といった中之島のイメージをもうひとつ設けることが可能じゃないかと考えています。あるいは、キタ・ミナミといった所謂大阪のイメージとは異なる、第3の大阪としての中之島の提案し続けるといった、イメージでしょうか。

ー「NAMURA ART MEETING ’04-’34」の方はいかがですか?

このプロジェクトは30年間を一つの単位としてプロジェクトを行っており、今までの10年間は造船所跡地の場所をいかに拡張させてイベントやっていくかという短期集中型のものでした。今後は、もともと船を作られていた場所において、場所が作品のイメージの源となったり、造船所のロケーションが組み込まれた作品がメディアとなって、国内や海外の各所で発表されるなどを目指しています。あの場所での作品を見る事だけが意味があるのではなく、あの場所そのものが作品になるといいますか。次の10年はそういうことをしたいな、という話をしています。

ー最近、北加賀屋はアートで盛り上がっていますね。

そうですね。NAMURAと同じ北加賀屋の鋼材加工工場・倉庫跡の空間を活かして現代美術作家の大型作品を保管・展示する「MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA )」の「Open Storage」というプロジェクトを手がけています。近年では、数多くの大規模な展覧会やアートイベントが開催され、アーティストの発表機会は増えていますが、その一方で、作品制作や保管場所の確保といった、アーティストが直面する創造環境面での課題があります。これに一石を投じる実験的な試みを展開したいと思っています。中之島と北加賀屋という、大阪の異なる2つの地域を船で繋げるプロジェクトもやりたいですね。

ーもうすぐアートエリアB1で今年の「鉄道芸術祭」が始まりますね。楽しみにしています。長時間のインタビュー、ありがとうございました。

<取材を終えて>

木ノ下さんの活動は、例えば「NAMURA ART MEETING ’04-’34」のような30年に渡る企画や「神戸アートアニュアル」のような若手アーティスト育成事業など、活動を1回で終わらせるのではなく、未来につなげることを大切にされています。アートエリアB1など「アートの可能性」という種が芽を出し、花開くための土壌を整える木ノ下さん。これから、そこでどんな新しい作家や活動が現れるのかとても楽しみです。

次回は、某美術館の学芸員の方が登場します。今回とは違う、美術館で活躍されている方はどのように展覧会をカタチにしているのでしょうか。この連載の最終回は今までのインタビューを総括する予定です。

ゲスト:木ノ下 智恵子(きのしたちえこ)
1996年から神戸アートビレッジセンターにアートプロデューサーとして勤務。若手アーティスト向け企画「神戸アートアニュアル」に10年携わる。現在は大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの特任准教授としてアートエリアB1の企画や、学生を対象としたプロジェクトや授業を行う。その他、「NAMURA ART MEETING ’04-’34」、「六本木クロッシング2010」、MASK「Open Storage-芸術の超域力を魅せる収蔵庫」など様々なプロジェクトを手掛ける。

[KABインターン]
北岡佐和子:現在、某芸術系大学の通信学部生として学芸員の資格を取るため勉強中。活動のフィールドを広げたいと考え、Kansai Art Beatの門を叩く。人類が等しく経験する「成長期」を体験しなかった類まれなる存在でもある。

[インターンプロジェクト]
本企画はKansai Art Beat(以下略KAB)において、将来の関西のアートシーンを担う人材育成を目的とするインターンプロジェクトの一環です。インターンは六ヶ月の期間中にプロジェクトを企画し、KABのメディアを通して発信しています。

KAB Interns

KAB Interns . 学生からキャリアのある人まで、KABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。2名からなるチームを6ヶ月毎に結成、KABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中!業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、KABlogでも発信していきます。 ≫ 他の記事

KABlogについて

Kansai Art Beatの運営チームにまつわるニュースをお伝えします。

Facebook

KABlogのそれぞれの記事は著者個人の文責によるものであり、その雇用主、Kansai Art Beat、NPO法人GADAGOの見解、意向を示すものではありません。

All content on this site is © their respective owner(s).
Kansai Art Beat (2004 - 2024) - About - Contact - Privacy - Terms of Use