写真家・鈴木理策インタビュー

和歌山県にて特別展鈴木理策展「意識の流れ」「水鏡」6月26日(日)まで開催中!

poster for Risaku Suzuki “Water Mirror”

鈴木理策写真展 「水鏡」

和歌山県エリアにある
熊野古道なかへち美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2016-04-16 - 2016-06-26)

poster for Risaku Suzuki “Stream of Consciousness”

鈴木理策写真展「意識の流れ」

和歌山県エリアにある
田辺市立美術館 にて
このイベントは終了しました。 - (2016-04-16 - 2016-06-26)

In インタビュー by Tsuyoshi Yamada 2016-05-20

和歌山県の田辺市立美術館、熊野古道なかへち美術館で、和歌山県新宮市出身の写真家、鈴木理策さんの近年の活動を紹介する展覧会が開催されています。

田辺市立美術館では、「意識の流れ」をテーマに「海と山のあいだ」「SAKURA」「White」「Etude」の4つのシリーズが展示されています。また熊野古道なかへち美術館では、カメラの特徴と水面の特性に着目した「水鏡」を特集して展示しています。

今回、鈴木さんの出身地でもある新宮市の熊野新聞社3階ギャラリーでは、同時期に展覧会が開催され、この企画は熊野現代美術館準備室による最初の企画展として開催されていました。(5月14日で終了)

1998年に故郷、熊野にいたる道のりをテーマに撮影した『KUMANO』などの写真集を出版するなど、和歌山の写真も多く撮影されている鈴木さんに、和歌山という土地で作品をつくること、そして写真を発表することなど、お話を伺いました。

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ー今回、和歌山県の地元もふくめて3つの場所で展覧会が開催されていますが、地元和歌山で展覧会をやることについて、何か思い入れはありますか?

はい、あります。この美術館(熊野古道なかへち美術館)がオープンした時から、いつか展覧会をしたいと思っていました。今回の展覧会をきっかけに、新宮市を訪れてくれる方が増えると嬉しいです。

新宮市には「西村記念館」という、東京で文化学院を創設したことで知られる西村伊作の自邸が記念館になっている場所があるのですが、そこで2回ほど展覧会を開いたことがあります。そのときは地元の人に向けて展示しました。今回の「SAKURA」展は、熊野新聞社が現代美術館設立の構想を持っているというお話から実現したもので、こうした企画が今後も新宮で続いていくことを期待しています。

西村伊作さん、抽象絵画の画家である村井正誠さん、中上健次さんもそうですが、新宮は昔から面白いひとが出ていて、割と文化的なところがあります。

高校生のころ、村井正誠さんのお話を聞く機会がありました。美術の先生が村井先生を招いて一般公開した会を開いたのですが、その時に村井先生が「熊野川でイーゼルを立てて絵を描いている西村伊作を見て、絵描きになりたいと思った」というお話をされて、とてもよく覚えています。

ー鈴木さんは、子供の頃から写真だけではなく、絵画などの美術や文化的なものに対する興味はお持ちだったんでしょうか?

興味はありました。ただ、若い時はここから出ないと話が始まらないと感じていました。いまはネットがあるから、どこにいてもあまり変わらないけど、当時は市内に映画館が1軒しかなくて。図書館で映画の雑誌を見ると、東京には上映館がものすごくたくさんあるじゃないですか。だから早く東京に行きたいと思ってました。

ーそうやって一度東京に出たわけじゃないですか?再びこうやって地元で活動しているということには、なにがきっかけや見方が変わったタイミングがあったんでしょうか?

東京に住みながら、実家に帰ってきた時にこの辺りを撮り始めた当初は8×10インチの大型カメラを使って風景を撮影していました。学生時代に影響受けたのは、アメリカの風景写真だったから、そういうイメージを探して、それを熊野でつくる感じでした。故郷だから撮るということではなくて、写真のために写真を撮っているというか、写真のなかでイメージをつくることが優先されていた。その作業を続けるうちに、どんどん写真が面白くなっていくんだけど、次第に物足りなさも感じて、実験的な要素を増やしていきました。ハンディーなカメラに持ち替えたり、移動をテーマにしたり。『KUMANO』という写真集はその時期の作品です。

アメリカの写真に影響を受けて、それをここで実践しようとしていた頃は、場所の持っている魅力みたいなものは関係なかったのかもしれない。写っているものを記号のように並べてただけだったんだよね。

でも手持ちのカメラで撮影を始めたら、コントロールしきれないことが増えて、ある種の反応で撮っちゃうみたいなことが起こった。そうすると、撮りたいと思った瞬間と、後で出来上がってきた写真を見た時とで、ギャップがあると気付いたんです。撮りたいと思っているものにピントやフォーカスを合わせて撮っているけど、意識していなかったものも写ってくる機械の目のクールさによって、熊野の風景に改めて出会う感覚。だから、カメラのおかげでこの土地の魅力を知ったというところもあります。

今はまた大型カメラに持ち替えて再挑戦しているという感じです。
最初はものすごく頭でっかちというか、考え方が固まったところから撮り始めたので、不確定なことを引き受けて自由に撮るという経験は、とても転機になったんですね。

写真は機械を使うから、どんなに凝り固まって作業しても、撮影者が意識していなかった要素を含み得るし、それが魅力的だったりする。そこが写真の面白いところですよね。絵画だったら画家がひとりで全てをコントロールしないといけないけれど、写真はカメラという機械との共同作業みたいなところがあって、そこが他の表現とは違うところだと思います。

写真の場合は撮る行為と、でき上がったものを選んだり、プリントしたり、展示の構成考えたりすることは、全く別の作業です。これらの作業の内、作家性が最もあらわれるのは撮る時です。
プリント、セレクト、構成の作業を得意な人に任せてしまう写真家もいると思いますが、撮る時は代わりがいません。だから、撮る時の個性を最後まで残すべきなんだけど、セレクトの時に無難なものを選んでしまっていることが多いと感じます。

写真を撮る時は機械が手伝ってくれてるから、半分自分だけど、半分自分じゃない。その自分ではない半分のおかげで、自分のやりたいことがかえって強く表れる。だから非常に個性が強く出ているはずなのに、写真を選ぶ段階でバランスをとって、写真らしい写真を選んでしまうのは、もったいないですよね。

ー今回の展覧会は巡回展ということもあって展覧会を構成していく上で、先ほどのバランスの部分をどのように意識されていますか?

映画のモンタージュ効果ではないけど、並び順によって個々の写真の印象が変わってくることを意識しています。この写真のあとに、こっちを見るのか、あっちを見るのかによって印象が変わることは、実際に起こります。写真集を構成する時にも同じことを考えていますが、展覧会の会場を構成する際は、空間的な要素とどう関係するかを考え、床の色や天井の高さ、曲がった先に何が目に入ってくるといったことを気にしています。

ーこの和歌山のような土地と、そこに立っている美術館と、さらにその内部の展示というのは、繋がりはあるんでしょうか?

熊野古道なかへち美術館は床が黒く、奥の壁一面がガラスケースになっている点が特徴的ですよね。「意識の流れ」はもともと5つのシリーズの作品で構成した展示でしたが、その中から反射や写りこみをテーマとする「水鏡」だけをなかへちに持ってきたのは、建物から受けた印象に沿う展示にしたいと思ったからです。展示室が5つに分かれている田辺市立美術館では、それぞれが有機的につながるようにと考えました。熊野新聞社の展示では、蛍光灯が照らす、抜けのある空間だったので、入ってすぐにどこに目がいくかということを考えながら構成しました。

ーそういった建築に対する視点、視線というのは、鈴木さんの建築写真を撮っていたという経歴、経験の部分に関係してくるのでしょうか?

写真は偶然を歓迎するところがあるけど、偶然で建築が完成することはない。建築というのは緻密で知的な作業から生まれる美しさがありる。そして、理論的に作られたものでありながら、実際にその建物が与えてくれる経験は生のもので、その都度新しく、経験する人によっても異なる点に興味があります。

例えば、ある建物のある部屋で待ち合わせしたとして、自分がそこに行くまでに見たものと、相手がその空間から得た経験はそれぞれ異なりますよね。建築家は土地との会話といったものに従事しているのではないかと思うんです。

ー鈴木さんは同じ機材、カメラを使用されていると思うんですが、カメラに対する愛着や、考えと言うのはあるのでしょうか?

あるんでしょうね。ずっと変えてないですから。ファイルムで撮り続けてきたので愛着はありますが、フィルムにこだわっているということではないです。そもそも、デジカメはフィルムカメラとは全く別の道具だと思っているんです。僕にとってデジカメは結果が早すぎる。撮りたいと思った時には、その光景の全てを把握している訳ではないから、撮り損じることも起こります。デジカメの場合、撮った写真をすぐに見れるから、その場で確認して、思った結果でなければ、すぐに撮り直したくなりますよね。でも2度目にシャッターを切る時には、最初の撮りたい衝動は消えていて、感覚的なことよりも図柄が優先されていく。フィルムの場合、すぐには結果が見えないから、いま目のまえにあるものに意識を集中せざるを得ない。今のところ、その撮り方が自分には合っているんです。

それから、フィルムというのは現像とプリントという手順が必要で、ただ撮っただけでは写真にならない。でもデジタル写真は撮ったその場から写真として存在しているし、モニターで見ても、データのまま送っても、プリントアウトしてもいい。フィルムの場合は残り何カット撮影できるかと考えたりするけど、デジカメはそうした物理的制約もない。あとから加工もできるから、撮影の段階ではひとまず撮るという撮り方に誘う。でもそれは撮影時のいろいろな選択を全て保留しているんですよね。ものを作る人というのは、表現手段が何であっても、その都度意思決定をして前に進むところがある。だから、デジカメで何となく撮っておいたものから、いくつかつまみ上げたイメージを並べて、これが私の作品です、と言われると疑問を感じます。

ー鈴木さんが次の興味のある題材はなんですか?

水面をテーマにしたシリーズは、もう少しやってみようと思っています。あとはポートレイトかな。19世紀に写真が誕生した直後からポートレイトは撮られ続けてきたから、その形式は出尽くしている感があって、新しく撮られた写真も、過去の形式のいずれかを拾っているという印象があります。だからこそ、これまでに見たことのないポートレイトをやってみたいと思っています。

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展覧会が開催されている熊野古道なかへち美術館は、現在国際的に評価されている建築家ユニット「妹島和世+西沢立衛/SANAA」が最初に手がけた美術館でもあります。写真展を楽しむと共に美術館を堪能したりと、和歌山県の魅力を探しに行ってみるのもいいのではないだろうか?


【開催概要】

鈴木理策写真展「意識の流れ」
会期:2016年4月16日(土) -6月26日(日)
会場:田辺市立美術館
http://www.city.tanabe.lg.jp/bijutsukan/
鈴木理策写真展 「水鏡」
会期:2016年4月16日(土) -6月26日(日)
会場:熊野古道なかへち美術館
http://www.city.tanabe.lg.jp/nakahechibijutsukan/
熊野現代美術館 準備室
http://kumma.jp/

Tsuyoshi Yamada

Tsuyoshi Yamada . 東京都小平市生まれ、武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。長らく武蔵野美術大学で、研究制作を続けて、その傍ら、美術展企画や舞台制作、ドキュメンタリー制作などに尽力を注ぎ、芸術と美術、作家と作品、ものつくりの世界に触れる。2013年京都に拠点を移し、デザインとアートの世界の周辺に身を置いている。株式会社モーフィング所属。 ≫ 他の記事

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