ARTISTS’ FAIR KYOTO 京都で初開催

「買う」ということは、当事者になるということ

poster for Artists’ Fair Kyoto

「ARTISTS' FAIR KYOTO」

京都市中京区エリアにある
京都文化博物館にて
このイベントは終了しました。 - (2018-02-24 - 2018-02-25)

In インタビュー トップ記事小 by Atsuko Nomura 2018-03-16

アートフェアといえば思い浮かぶのは、広い会場に白い壁だろうか。あるいはホテルの一室かもしれない。そういった明るく品行方正なアートフェアのイメージとは全く異なる試みが、2018年2月24日(土)と25日(日)、京都文化博物館別館ホールにて行われた。

ディレクターの椿昇氏へインタビュー

「ARTISTS’ FAIR KYOTO」は、アーティストが主体となって出展するアートフェアであり、京都府と実行委員会の主催により今年初めて開催された。かつては日本銀行京都支店として使用されていた重要文化財指定の明治建築の内部に、巨大な2階建ての鉄骨構造が組まれた。ディレクターの椿昇氏によれば、この構造は「二重の監獄」の暗喩であるという。なぜ今このアートフェアの実施が必要とされたのか、アーティストとアートマーケットの関係について今どのような問題が取り沙汰されているのか、椿氏にお話を伺った。

—本日は最終日ですが、今回のアートフェアをご覧になっていかがですか?

椿 みんな、ヒリヒリしてきています。オーラが出てきている。打ち勝たなければいけないからね。周りでガンガン売れてるから。
3日間(プレビュー日を含め)で若い作家たちが育っていく。だんだん話せるようになって、きちんと話せる子から売れていく。作品の質だけではない。確実に人で売れるんです。人間のオーラとセットなんです。

—今回の企画は、どういった経緯で実現したのでしょうか?

椿 今回は、京都府からの要請が最初にあって、文化庁も応援してくれて、企画が始まりました。場所代や運営費、広告費などに税金を投下して、アーティストには100%入る、それがアーティストにとって一番の支援になります。その代わり、自分で売りなさいよ、と。
おまけにこのアートフェアは残酷なステージで、若いアーティストたちだけでなく、アドバイザリーボード(推薦者)も作品を出しています。推薦された若い子たちと同列に、推薦者の作品も並べられて、誰が売れたかが露骨にわかる。むちゃくちゃ生々しいです。

—椿さんは、京都造形芸術大学の卒展をアートフェア化されるなど、マーケットを意識したアートのあり方を推進されていますが、それはどういった思いからなのでしょうか?

椿 「売れる」ということは、アートの価値付けのひとつなんです。日本というのは職人の国なので、良いものを作っていれば何とかなると思っていたふしがあって、OS(オペレーション・システム)を作れない。それでイニシアチブを他の国に奪われ続けてきた。その象徴がアートですよね。

日本のほとんどのアーティストもそうです。「一生懸命やっていれば何とかなる」とか、そんなの幻想でしかないです。その辺りをちゃんと認識する経営者もいない。だからアートのコレクションをしない。それによって価値付けを行わない。それは日本の病理だと思いますね。これほど日本が価値付けの重要性から目を背けた世紀はなかったと僕は思ってます。

なぜこんな監獄を作っているかというと、外に巨大なマネーの監獄、滅びた日銀の監獄がある。だからここにこだわったんです。マネーの中にマネーがあって、二重のマネーの牢獄の中にアーティストと作品が閉じ込められている。ここから誰が脱出できるかという脱出ゲームです。広い会場でやらずに、この狭い窮屈な会場で、金網バトルのような感じでやりたかった。最初は大きな会館とかホテルとかアイデアはあったんだけど、コンセプト的にこの場所しかない、と。

今回は、全部買えるんです。やきいもカー、あれは2000万円です。dot architectsのこのシステムも、買えます。一番初めに来てくれたら、システムまるごと中身込みで、1億で買えます。これは、ある種の暴力的な収奪ゲームだからね。

椿 何が一番感動的って、生まれて初めて作品を買うという若いサラリーマンの子が、半日会場にいたんですよ。作品の前にずっといて、僕のところに来て「相談がある」と。「あの作品を買おうと思うんですが、どう思いますか」と。いきなり、結構な大作ですよ。彼は悩み抜いて、心臓がドキドキして止まらないと。そして彼は購入を決断しました。そういう人がいたということだけでも、ものすごい価値だと思います。

作品を「見る」ということだけでは、ああはならないんです。「見る」のと「買う」のでは、天文学的に違うんですよ。養子をもらうようなものです。この後の人生、ずっと一緒にいられるか、その覚悟を問われているわけです。「買う」ということは、傍観者から当事者になるということです。そして、買ってもらった作家はやめない。ずっとやり続ける。

—アートを購入するということが、大量生産の商品を買うのと決定的に違うのは、それは「消費」ではないということですよね。

椿 お金っていうのは単なるインターフェースでしかないんです。それが主体ではない。アートを買うのは怖いことですよ。祟るからね(笑)。ちゃんとお祀りしないと。でもお金が作品の媒介物になって、自分の家にやってくるって、やっぱりすごいことなんです。だから、当事者になる儀式として、監獄の中で主体の揺らぎを味わってほしいですね。

* *

現代美術を市場の論理で語ることについては、さまざまな意見がある。美術史を遡ってみれば、美術はほとんど常にその当時の権力者の庇護を受けて興隆してきた。権力者は、ときには王や貴族であったり、ときにはブルジョワジーであったりするが、現代でいえば自由市場経済の勝者である資本家や投資家がそれに値すると言える。一方で、若い美術家たちがキャリアの当初から「売れる作品」を目指すことが、長い目で見たときに、彼らにとって、あるいはこの社会にとって、豊かな芸術文化の醸成につながるかどうかは、議論の余地もあるだろう。

「ARTISTS’ FAIR KYOTO」は、そういった若い世代に対する作家支援のより良いあり方について、京都を中心とする作家や美術関係者の意見を呼び覚ましたという意味でも、期待されていた以上の効果があったのではないだろうか。公式発表によれば、次回は1年以内の開催を予定しているということである。

【開催情報】

ARTISTS’ FAIR KYOTO

会期:2018年2月24日(土)・2月25日(金)/特別内覧会23日
会場:京都文化博物館別館
主催:京都府/ARTISTS’ FAIR KYOTO実行委員会
ディレクター:椿昇
アドバイザリーボード:池田光弘、薄久保香、大庭大介、勝又公仁彦、金氏徹平、鬼頭健吾、澤田知子、塩田千春、髙橋耕平、名和晃平、ミヤケマイ、ヤノベケンジ
会場デザイン:dot architects

https://artists-fair.kyoto

Atsuko Nomura

Atsuko Nomura . 野村敦子|1983年奈良県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現代美術に関する企画、執筆、翻訳等を行っている。美術作品と美術家がどのように価値付けられ、美術史がどのように形成されてゆくのか、また現代美術に関わる経済システムには今後どのような可能性があるのかなど、美術と経済の問題について関心を抱いている。 ≫ 他の記事

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