景観にも安全性にも配慮しながら公共事業とアートを結びつける

ー関西ギャラリー探索|建物と人:奈良県「室生山上公園芸術の森」

poster for Murou Art Forest Permanent Exhibition

室生山上公園 芸術の森 常設展

奈良県エリアにある
室生山上公園 芸術の森にて

In フォトレポート by Mitsuhiro Sakakibara 2015-08-03

ギャラリーの魅力は、そこで行われる展覧会だけではありません。空間のつくられ方やオープンまでのエピソードなど、普段はあまり気に留めないギャラリーの別の魅力にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

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室生山上公園芸術の森は、奈良県は室生寺近くの丘に位置する、およそ7.8ヘクタールもの広さを持つ公園であり、イスラエル生まれの彫刻家ダニ・カラヴァンさんのデザインによって2006年にオープンしています。いわゆる「ギャラリー」とは異なる空間ですが、公共工事とアートとが融合した稀有な事例。これからの公共建築にとってもひとつの参照点となるべきこの室生山上公園芸術の森が、どのような背景によって、どんな考えとともにつくられていったのかを見ていきましょう。

今回、この室生山上公園芸術の森を計画の初期段階から見てこられた宇陀市の松岡保彦さんにお話をうかがいました。1980年室生村役場の職員となった松岡さんは、1985年から2006年までの長期間企画課に所属され、他の公務員が経験できないような仕事に携わってきました。



井上武吉さんからダニ・カラヴァンさんへ

室生山上公園芸術の森にとってカラヴァンさん同様にキーマンとなったのは、彼と親交のあった室生村出身の彫刻家井上武吉さんです。松岡さんと井上さんの出会いは、竹下登内閣時代1988年から行われたふるさと創生事業の一環として人材育成をしようという計画の中で、井上さんにその監修を依頼したことにはじまります。結果、紆余曲折あり当初の計画は白紙になったものの、三本松地内での道の駅整備と合わせ、井上さんに駅内にモニュメント作品を制作してもらいました。

こうして、my sky hole 地上への瞑想、室生と名付けられた作品が生まれました。地のイメージでつくられたこの作品と対をなすように、井上さんは、天に最も近い、しかも太陽の道と呼ばれる軸線が通る丘の上に山の上のモニュメントをつくるという森の回廊プロジェクトのイメージも持っていました。残念ながら1997年に井上さんは死去されてしまいますが、その実現のために松岡さんは動き始めます。

このプロジェクトの実現に向けて誰がふさわしいかと模索したのですが、国内に適任の方はなかなか見つけられませんでした。そこで挙がってきたのが、生前井上先生と交流のあったダニ・カラヴァンでした。お2人とも空間を彫刻にするという作品をつくられていたご縁もあり、駄目もとで依頼したらカラヴァンは快く引き受けてくれたんです。

井上さんの意思を受け継いだカラヴァンさんの考える山の上のモニュメントは、単に丘の上に単体の作品をつくるのではなく、いわば広大な空間がひとつの作品になるようなものでした。1960年代からヨーロッパを中心に、特定の場所の地形やその地の記憶を重視した作品を手がけてきたカラヴァンさんならではの構想です。そこで1998年にカラヴァンさんを初めて室生に招き、翌1999年には正式に制作を依頼しました。

この作品づくりに主として携わったのは、彫刻家のカラヴァンさんのみならず、建築家ギル・パーカルさん、植栽担当のツヴィ・デケルさん、そしてコンクリートコンサルタントJ・P・オウリーさんといった人たちが共同者として名を連ね、一方の日本側では全体の監修を空間造形コンサルタントが、そして施工を浅沼組が担当しました。



自然と文化の調和をはかる公共工事

この室生山上公園芸術の森は、1997年に過疎対策として策定されたむろうアートアルカディア計画というさらに大きな計画の中のひとつ。その計画の背景にあったものこそ、井上さんによる森の回廊計画です。過疎地域である村の地域振興計画の中で、室生寺が聖地であるとすればこの室生を美の聖地にしようという考えのもと、国の支援を受け整備が進められました。なによりも興味深い点は、公共事業とアートとの融合が目指されたことにあります。

過疎対策、地域活性化のために人を呼ぶ施設を公共工事でつくる。その結果、地形が変わり景観が大きく変わってしまう。通例ではそんな状況も少なからず見られる中、むろうアートアルカディア計画は、いわば自然と文化の調和をはかりながら工事を進めようという考えのもと、さまざまなプロジェクトが行われました。その中のひとつ室生山上公園芸術の森には、実はもうひとつの役割がありました。地すべり対策です。

室生には生活を脅かす存在として地すべりがあるんですが、その対策工事を大規模に行うとどうしても景観が悪くなる。本来写真家の土門拳が愛した室生という原風景がどんどんなくなっていってしまうんです。そこで、景観にも安全性にも配慮しながら公共事業とアートを結びつけることで、地域の活性化につながらないかと考えたんです。

この公園は、むろうアートアルカディア計画という過疎対策事業を背景に、地すべり対策事業と公園整備事業という2つの公共事業のもとにつくられています。一級河川室生川がつくる谷面できた円形の盆地内にあるこの地域は、1974年、1990年に地すべり防止区域に指定されています。降雨などによる地中の水分が原因となり土地が丸ごと動いてしまう地すべりから生活を守るため、水の溜まる部分に池をつくって水を抜くなどの地すべり防止事業が必要になります。そんな事業にカラヴァンさんの作品をオーバーラップさせたのです。

機能としては地すべり対策であり、その跡地を使って公園整備をしている、という枠組みです。そこには公園整備として国から支援を受けていることから、名前が山上公園となっています。行政とアーティストが一緒になって、しかも土木業者もみんなが一緒になってつくった珍しい例だと思います。やっていることは土木工事ですが、それこそ宮大工の精度が要求されるという内容だったんです。

最初から美術作品としてではなく、公共事業として作品をつくる。そんな珍しい枠組みの中での困難さに直面しながらも、現地で何度も実物大の模型をつくってシミュレーションを重ね、粘り強くプロジェクトを進めました。また、もともと地すべり対策をしているところに人が入るということに対する安全対策と作品とは必ずしも相性が良くありませんでしたが、その両立も試みました。さらには、カラヴァンさんと実際に手を動かす施工業者との間でのやりとりも一筋縄ではいきません。作家としてのカラヴァンさんの判断ひとつひとつで仕様が変わるというまた別の困難さはありながら、妥協することなく制作が進んでいきました。

地元の人の協力がなかったらできませんでした。用地が得られなかったらそもそもつくれませんしね。プランを考えるところから予算をどうするか、用地をどう確保するかまで、文化遺産づくり全てに関わりやりとげられたことはいい機会でした。井上先生との出会いで人生がガラッと変わりましたね。

その過程の大変さは、高等数学の方程式を解くような大変なものだった、という松岡さんの言葉が象徴しています。人口減少や市町村の消滅が取りざたされる現在ではさらに実現困難な取り組みではあるかもしれませんが、100年200年後も色あせしない村の共有財産がここで生まれたのです。さまざまな人たちの思いを受けた稀有な事例が室生に実現した、という事実とその意味は、将来の公共事業にとっても重要な参照項になるはずです。



新しくつくられた「地形」と残された「棚田」

公共工事という枠組みの中、地すべり対策という機能を備えながらも、敷地内にあるもの全てがカラヴァンさんによってデザインされ、端々まで配慮された作品としての空間が広がっています。

南北に長い敷地内には、南よりに第1の湖、北寄りに第2の湖が位置し、それぞれに「島」が置かれています。3つの島が一列に並ぶようにして浮かぶ第1の湖は東西南面に観覧席が設けられ、南観覧席から湖を見ると、遠近法によって3つの島が同一の大きさに見えてきます。中央の島には合わさる手のような楔形のオブジェクトが配され、カラヴァンさんもこの東観覧席からのパースペクティブを最も愛していたとのこと。

コンクリート、木材、コール天鋼といったシンプルな要素によってつくられた「島」や「塔」といったオブジェクトは、つくられたものというよりも、新しい「地形」にも見えてきます。そのかたちの抽象度によって、色あせることなく長くこの風景をつくり続けることでしょう。

また、実際に静かな敷地内を歩いていると、細かな部分へのカラヴァンの意識と、それを現実のものにする施工者たちの奮闘が、要所要所に見られます。

デザイン的にコントロールされ、あたかもひとつの柄をつくるかのような木材に打たれたビスの数々。そして、オウリーさんの監修によってつくられた複数種類の色を持つコンクリート。ビジターセンターはあたかも土から隆起したかのように繊細に色合いが調合されており、南側に位置する第1の湖に浮かぶ「島」も、つなぎ目が現れないようその場で骨組みがつくられ現場でコンクリートを打設してつくられています。

一方で、空間内にあるもの全てが新しくつくられたわけではありません。その一例は第1の湖から第2の湖へと至る道の傍らに保存された棚田。昭和40年代には荒廃農地になってしまったこのエリアも、もともとは田んぼだったというかつての記憶が、カラヴァンさんの意向によって同じ場所に留められているのです。また、カラヴァンさんの作品を取り囲むようにして、造園部門を担当したパートナーであるツヴィ・デケルによる植栽が青々と茂っています。

施設内に置かれたひとつひとつのオブジェクトは、じっくりと見るごとに新しい意味をほのめかしてくれます。北側施設棟の中にあるノートには、感銘を受けて帰ったさまざまな人たちによる「よかった」という声を見ることができました。カップルで来ている方も多く、静かに過ごせるよいデートスポットとしても愛されているようです。

観覧料を取っているから常にベストな状態を見てもらいたい、と伝えてくれた松岡さんですが、一方で「この場所を使ってこんな企画をしたい!」ということをぜひ提案してもらいたい、とも語ります。松岡さん自身もこの場所を使うアイデアを聞かせてくれました。

いまは夜は入れませんが、一年に一回夏場くらいに『星空アート』をオールナイトでやってみたいんです。昼は水面に反射する景色が見え、夜は足元に満天の星々がまばゆく輝く、そういう状況をつくってみたい。ひとりで「ええやろなあ」って妄想してるんです。

観光バスがどんどん来て行列ができるような、そんな「賑やかさ」が似合う場所ではありません。しかし、松岡さんの言葉を借りれば、「感性の豊かな人にとってはいつまでもいられる」そんな施設です。カラヴァンさんの作品のみならず、プロジェクトの全てを見てこられた松岡さんとのお話もこの場所の魅力。ぜひ室生寺に訪れる際は足を伸ばして訪れてみてはいかがでしょうか。(了)

文章・写真(特記なきもの):榊原

室生山上公園芸術の森
開館時間:10:00 – 19:00
休館日:火曜休館
※3・11・12月は16:00まで、12月29日〜2月28日休館
入館料:大人400円 高校生200円 中学生以下無料
駐車場:あり
住所:奈良県宇陀市室生区室生181
電話: 0745-93-4730

Mitsuhiro Sakakibara

Mitsuhiro Sakakibara . 建築や都市のリソースを利用して暮らし働く人の声を集め、彼らへのサポートを行う。個人として取材執筆、翻訳、改修協力、ネットカフェレポート等を実施。また、多くの人が日常的に都市や建築へ関わる経路を増やすことをねらいとし、建築リサーチ組織「RAD(http://radlab.info/)」を2008年に共同で開始。建築展覧会、町家改修その他ワークショップの管運営、地域移動型短期滞在リサーチプロジェクト、地域の知を蓄積するためのデータベースづくりなど、「建てること」を超えた建築的知識の活用を行う。 ≫ 他の記事

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