2015年3月にSANAAが設計者として選ばれた滋賀県新生美術館改修プロジェクト。過去には、新たな美術館の計画にどんな提案が寄せられたのか、そしてその中で最優秀設計者としてSANAAが選ばれたことを、ここでも紹介してきました。現在は2016年までの設計期間に当たっていますが、そんな中、9月5日に滋賀県はヤンマーミュージアムにてSANAAの2人を招いたフォーラム「第1回『みんなで創る美術館フォーラム』ー『美の滋賀』+あなた+美術館」が開催されました。
これまでにあまり類を見ないほど県民に開かれたプロセスで進むこのプロジェクト。今回のフォーラムも「広く県民の皆さんの理解と参画のもと整備を推進するため、現在の整備の状況や方針を県民の皆さんと共有する」ことを目的に行われています。実際、200人程度を定員とする今回の会場はほぼ満席。同様に大勢の来場者が詰めかけた今年2月の公開プレゼンテーションとあわせ、注目度の高さがうかがえます。
そんな今回のフォーラム、内容は2つの講演とパネルディスカッションからなっています。
前半の講演はまず新生美術館設計者であるSANAA事務所から妹島和世さんと西沢立衛さんによるプロジェクト紹介が行われ、続いて新生美術館整備担当である滋賀県顧問のキュレーター長谷川祐子さんから、後のパネルディスカッションや今後のプロセスのための問題提起がなされました。
◯SANAAの2人による講演
SANAAの2人による講演は、これまでに2人が手掛けられてきた美術館のプロジェクトのプレゼンテーションからスタート。具体的には「金沢21世紀美術館」「New Museum」「十和田市現代美術館」「軽井沢千住博美術館」「豊島美術館」「犬島『家プロジェクト』」「ルーブル・ランス」といったプロジェクトを紹介する先に、今回の滋賀県新生美術館の設計を解説するという内容。
過去の美術館プロジェクトでは建物のみならずランドスケープをどうデザインしていったのか、そしてその環境が街の中にどう受け入れられていったのか、といった点がとりわけ強調されていました。一方、技術的なレベル、とりわけ採光をどのように天井でコントロールするのか、という細部に関する点も意識的に説明する姿が印象的でした。
◯長谷川祐子さんによる講演
こうした自らのこれまでの仕事を参考にしながら、理念的な内容から現在の進捗報告までを説明したSANAAの講演に続き、長谷川祐子さんからはキュレーターの立場からの問題提起がなされました。冒頭に掲げられた、20世紀の3Ms「Man/Money/Materialism」から21世紀の3Cs「Co-Existance/Collective Intelligence/Consciousness」へというテーマは、「人間のための美術館」を今後つくっていくための指針として示されたように感じます。
長谷川さんからの重要な指摘は、美術館はただ鑑賞に訪れる場所ではなく、美術館によって新たな歴史や価値がつくられていくもの、ということです。そんな場面を「対岸のこと」にせず、いかに自分たちの美術館にするのか。開かれたプロジェクトであるがゆえに、「県民にこそ」投げかけられる問題提起だったように感じます。
◯パネルディスカッション
前半の講演に続き後半のパネルディスカッションでは「美の滋賀」創造事業コーディネーターであるアサダワタルさんのファシリテーションの元、SANAAの2人と長谷川祐子さんの他、成安造形大学付属近江学研究所研究員の石川亮さん、長浜市曳山博物館長の中島誠一さん、社会福祉法人グローの田端一恵さんも登壇し、この7名によって行われました。
あらかじめ集められた会場からの質問がホワイトボードに張り出され、ファシリテーターであるアサダさんによって仕分けられた上で適宜登壇者へと振られていきます。
アサダさんによる機敏な進行によって幅の広いトピックが議論されたため、その全てをここで紹介していくことはできませんが、最も重要な問いは「いかに美術館を市民にとって身近な存在にするか」ということだったように感じます。
「運営している人たちがどういう人かをもっと地域の人に知ってもらうことが大事なのでは?」という田端さんによる投げかけは、いかに滋賀県新生美術館が「顔の見える施設」になるかどうかを左右する、重要な問いになるでしょう。
一方、SANAAの妹島さんから、自身が設計したとある美術館を例に挙げ、かつて地域のギャラリストが「自分たちのギャラリーはこの美術館の室のひとつ。出店(でみせ)みたいなものです。」と言ってくれたことが印象に残っていると伝えてくれました。この例にあるような、美術館と街との新たなネットワークづくりも、田端さんによる問いを具体的に実践していく上で欠かせないものになることでしょう。
今回、地域の美術館づくりに関心のある方が多くこられていたためか、会場からの質問も考えの練られたものが多かったように感じます。
まずは、新たな美術館の提案の中に含み込まれていた、図書館と美術館との間に位置する「ラーニングゾーン」とSANAAによって名付けられたスペースの詳細を訪ねる質問がありました。これには設計者の西沢さんから、抽象的な情報を扱う図書館と、実際の物がある美術館、その2つがつながることが重要であり、そのための連携を模索したいという旨の回答が。
こうした新たな試みを補助するように、展覧会の企画や調査などを美術館内だけで閉じるのではなく、近隣施設や大学などとの共同リサーチを行い、展示をつくるような試みがあってもいいのではないか、という意見も会場から聞かれました。
一方、近代美術やアールブリュットについての議論は多いものの、オープンな展示環境で仏教美術の保存が心配であるという声も。中島さんから「どうしようもないことだが、展示は破壊であることを理解する必要がある」という、これまでの経験からの止むに止まれぬ前提が指摘されました。それを受けた長谷川さんからは、物理的な劣化を前提とした上でいかに仏教美術を市民に開放することができるかどうかは「答えのない問い」ではないか、という意見が出されました。
「答えのない問い」とは、あくまでもバランスの問題であり、たとえば「劣化はあるが展示を多くするか」「保存を前提に展示を少なくするか」はどちらが優れているというものではありません。多くの人々が「自分たちの美術館」となるような、「生きられる美術館」をいかにつくることができるかどうか、これからも問い続けていく必要があるでしょう。
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パネルディスカッションの最後に田端さんから「今回は関心のある人たちに集まってもらいましたが、そうではない人たちにどう伝えていくのかが重要」という旨の発言がありました。こうした意見は今後の展開にとっても欠かせないものとなるはず。
今後の滋賀県新生美術館プロジェクトも今回のようなイベントが行われていくことでしょう。その展開の仕方も気になりますが、県民もそうでない方にとっても、このプロジェクトを「対岸のこと」にせず、より積極的にこうした機会に関わってみてはいかがでしょうか。