2016年を振り返って

文字が水のように蒸発するとき私はあなたに何を伝えるべきか

In 特集記事 by Chisai Fujita 2016-12-30

関西アートビート(以下KAB)編集部から「2016年を振り返る記事を書いてください」と依頼があってから、本当に年末ぎりぎりまで、私は何を書けばいいのかとひたすら悩んだ。2016年に(開催された、ではなく私が)見た展覧会のこと、アーティストのこと、個々の作品のこと、つまり、私が自分で電車代や飛行機代を払い、実際の作品を見て、その会場の雰囲気を味わい、直接アーティストたちと話を交わしたことを、私なりに言葉を選んで、文章として書き連ねても、多くの読者が共感することも疑問を感じることもなく、ただ「へえ」と読み流されるだけの昨今。そんな2016年のアートおよびアートシーンについての意見や感想を、私なりに書いてみる。

美術館の展覧会について

今年私がKABで取り上げた、美術館での展覧会は4つ。滋賀県立美術館「ビアズリーと日本」細見美術館「杉本博司 趣味と芸術―味占郷」BBプラザ美術館「辰野登恵子の軌跡―イメージの知覚化―」、そして国立国際美術館「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」であった。これらは美術館でしかできない「調査」および「研究」を元にした展示内容で、並んだ作品の背景までも目に見えた。気のせいだと思いたいが、こうした背景を感じさせる展覧会が年々減っているように感じる。キュレーションという名の作品のチョイスが、キュレーター(時には学芸員)の好みであり、並んでいる作品も(この後に述べるが)地産地消以外の理由しかない、という展覧会が多い。フリーランス/インディペンデントのキュレーターであれば、その好みだけで展覧会を構成してもよいのかもしれないが、美術館であれば、アーティストや作品に対して継続的な調査や研究をしたうえで、展覧会コンセプトを考えて、私たち鑑賞者に見せてほしい、と願う。それが仮にコレクション展であっても、美術館あるいは学芸員が美術史を作る、素材や技法を含めて系統づける、という調査や研究を元にして展示をすれば、鑑賞者にとってはリマインドになるし、必然とそれがアーティストや作品のアーカイブズになっていくのではないだろうか。

ビエンナーレ/トリエンナーレ/芸術祭について

私は今年KABでビエンナーレ/トリエンナーレ/芸術祭を取り上げていない。しかしそれらは今年になっても日本各地で激増し、多くの人たちから「なぜ開く必要があるのか」という自問も同じぐらい激増した。美術史をなぞると、コトへの自問はコトの崩壊の糸口であるので、あと数年でこうしたイベントゴトはなくなるのだろう。
アートが地産地消であるという論は、何も今に始まった話題ではない。例えば関西の状況を見たとき、関西で制作し、関西で発表し、時々関西以外で発表するが、それはまったく知らないルートでなく、アーティスト自身のつながりの中での展覧会、という活動を取るアーティストは、昔からたくさんいる。関西ではあまり開かれていないビエンナーレ/トリエンナーレ/芸術祭ではあるが、読者の皆さんも足を運んだであろうそういうたぐいの展示において、アーティストは「その地域出身だから」選ばれ、「その地域ゆかりの素材やモチーフを扱った」作品が並んでいただろう。さらにこういった作品たちは、夏休みの自由研究のような内容を、モノクロの写真や複数面のスクリーンの映像で見せたり、素材を大量に並べたり/大きな空間を使うインスタレーションで展示する、という見せ方がほとんどである。そんな「形は同じだけど地域によって味が違うプリッツ」みたいなものが、なぜアートなのだろうか、と私は考える。そして、11月に行ったインディペンデント・キュレーター加藤義夫氏のインタビューで「インターネットが出てきて久しい今日この頃、関西から見て『アンチ東京』みたいなことを言うのは止めたほうがいいし、むしろもっとインターナショナルに発信していくようにするべきです」とあるように、発表の場は地域に限るべきではない、と私も思う。

ビエンナーレ/トリエンナーレ/芸術祭に「なぜ国際と付くのか」という議論も盛んにあった。アーティストやキュレーションの立場からすれば、日本以外のアーティストが参加することイコール国際、である。鑑賞者の立場からすると、どうとらえるべきであろうか。私が行った日本国内のビエンナーレ/トリエンナーレ/芸術祭で配られる会場マップは、作家名や作品名にわずかな英語が記載されていただけで、地図上の地名や建物名のほとんどは日本語表記だった。上記の写真は、韓国・光州ビエンナーレの会場マップで、韓国語、英語、日本語、中国語の版である。それぞれ作家名、作品名、場所名、住所までも各言語に翻訳されていた。「おもてなし」を意識するなら、これぐらいの多言語のマップはつくるべきだ、と私は思う。

アートフェアについて

「アート大阪」が東京に進出したことは、私から言わせれば国内移動に過ぎず、上記に書いた通りあまり意味を持たない出来事である。かといって、今のアートシーンで大きなファクターであるアートフェアに参加する、海外のアートフェアに出しているのは、関西ではごく限られたギャラリーに過ぎない。アーティストが自分で海外のアーティスト・イン・レジデンスに参加したり、職場である大学と海外の大学が繋がっている、といったことでもない限り、日本在住のアーティストが日本以外の国で展示するきっかけはアートフェアしかない。そしてアートフェアはアートバーゼルだけではない。

上記の写真は、韓国の「ギョンナム国際アートフェア」の様子である。9月にインタビュー記事を掲載した川島慶樹が出品するというので、私は見に行った。恐らく多くの読者は、そんなアートフェアなんて知らないだろう。出す人=ギャラリーやアーティスト=地元の人、そして買う人=見る人=地元の人、という「地産地消」の構図が浮かんだかもしれない。しかし出展ギャラリーの数はアート大阪の約2倍、川島のような外国人や取り扱う画廊も外国のギャラリー、という国際的なアートフェアであった。恐らくこうした日本人が知らない規模の大きいアートフェアは無数にあり、それを知るギャラリー、限られたアーティストだけがこうして海外進出ができるチャンスを持っているのかもしれない。

そしてアートを伝えることについて

こうした現状において、キュレーター、学芸員、アーティスト、ギャラリーなどに文句を言っているだけでは何ら説得力はない。アートライターとして私は、何をしていくべきかと考えたとき、Instagramで英文の展覧会レビューを書き始めた。

読者が英語を読めるかどうかはもちろんだが、私が書いている展覧会は関西に限らず、東京、台湾、韓国などエリアが広い。つまり、読者も日本人とは限らないし、タグによってはロシア、アメリカなどから反応がある。そこで気が付いたのは、日本で開かれているおよび日本人アーティストの展覧会に対する反応が明らかに薄いこと。日本のアートは、誰からも興味を持たれていないこと。あと数日で2017年を迎える今、うつらうつら考えてしまう。一部のアーティストたちは妥協しないで、現状を打破しよう、自分たちでアートシーンを作ろうともがいていることも知っている。私もまた、ポジティブに、そして国内外問わずフラットに、アートシーンやアーティストたちと向き合えるような2017年を迎えたい、と誓うのだった。

Chisai Fujita

Chisai Fujita . 藤田千彩アートライター/アートジャーナリスト。1974年岡山県生まれ。玉川大学文学部芸術学科芸術文化専攻卒業後、某大手通信会社で社内報の編集業務を手掛ける。5年半のOL生活中に、ギャラリーや横浜トリエンナーレでアートボランティアを経験。2002年独立後、フリーランスでアートライター、編集に携わっている。これまで「ぴあ」「週刊SPA!」「美術手帖」など雑誌、「AllAbout」「artscape」などウェブサイトに、展覧会紹介、レビューやインタビューの執筆、書籍編集を行っている。2005年から「PEELER」を運営する(共同編集:野田利也)。鑑賞活動にも力を入れ、定期的にアートに関心の高い一般人と美術館やギャラリーをまわる「アート巡り」を開催している。また現代アートの現状やアートシーンを伝える・鑑賞する授業として、2011年度、2014年度、2015年度愛知県立芸術大学非常勤講師、2012年度京都精華大学非常勤講師、2016年度愛知県立芸術大学非常勤研究員、2014~ 2017年度大阪成蹊大学非常勤講師などを担当している。 写真 (C) Takuya Matsumi ≫ 他の記事

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